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(芝)もっと空っぽになれる場所に
行きましょう｡

(由紀)水の中… 泳いでいる｡

でも… 底の方から 誰かに見られている｡

お… 大きな… 目｡

はっ！

(荒い息遣い)

♬～

(梨絵)電話したら すぐに来てくれて
傷の手当ても｡➡

彼 本当に すごく優しい人で➡

奥さんに うそついて
朝まで一緒にいてくれて｡

梨絵さんは 男の人のことを
真面目とか ものすごく優しいとか➡

そういうふうに
決めつけがちなんだけれども➡

人っていうのは…｡

♬～

(ﾊﾟﾄｶｰのｻｲﾚﾝ)

お父さん殺すくらいだから
何か理由はあるでしょ？ 動機は？

自分で刺したんだから分かるだろ!?

(環菜)動機は… 動機は…｡

｢動機は そちらで見つけて下さい｣？

って 私が
この子の本を書くんですか？

(辻)ええ 是非！
公認心理師の立場から➡

真壁先生に 彼女の半生をルポという形で
取材の上 書いて頂きたいと｡

目的は？

なぜ父親を殺したのか
一体 どんな子なのか➡

彼女の心理が分かれば
社会的に意義があります｡

いや でも…｡
(芝)僕が推薦したんだ｡

この経験は
きっと君のためになる｡

もちろん 心理師としても｡

｢も｣？

(食材を切る音)

ただいま｡
(我聞)あ～ お帰り｡

(正親)もう～ 遅いよ ママ！

あっ 今日は水炊きにしたよ｡

あ～ 本当？ うれしい！ ありがとう｡

ちょっと待って ｢頂きます｣は？

(頬張りながら)頂きま～す｡
フフッ はい｡

着替えてくるね｡
うん｡

あ～ そうだ｡ 迦葉から電話あったよ｡

えっ？ 何の用だろう？

由紀に仕事で聞きたいことがあるらしい｡

仕事で？

<子どもの頃
神様だか何だか分からない何かに➡

ただ祈っていた>

迦葉｡
(迦葉)由紀｡

<幸せにして下さい｡
私を幸せにして下さい｡➡

そして 大人になった私は…>

これからは
お義姉さんって呼ばせて下さい｡

<大事な人を傷つけ➡

大事な人に うそをつき➡

幸せを手に入れた>

(ﾉｯｸ)
失礼しま…｡

失礼します｡
すいません お義姉さん｡
わざわざ お越し頂いて｡

あっ いえ… わざわざ お電話頂いて｡

兄貴とも久しぶりに話したかったから｡

ウエディングフォトグラファー
順調そうで｡

我聞さん 人気で｡

自分の夢 諦めて
他人の幸せなんか撮って➡

兄貴は本当に幸せなのかね？

俺は 人の不幸で飯食ってるけど
国選弁護人は金にならなくてね｡

あっ でも 驚いた｡
迦葉君が彼女の弁護人なんて｡

こっちも｡ まさか義姉さんが➡

話題の事件本 書いて 世間に
注目されたいと思うような人とはね｡

…で 用件は何？

正直言うと 分からないんですよ 彼女が｡

動機だけじゃない｡
事件当日のことを聞いても曖昧で｡

借りれるものなら
心理師の手も借りたいくらいで｡

裁判で有利になるように協力してほしい｡
世間の同情を引きたい｡

そうでないなら 出版には反対だ｡

悪いけど 約束はできない｡
うそは書けないから｡

<聖山環菜 21歳 大学生｡➡

殺人容疑で 10月４日に逮捕｡➡

被害者は
環菜の父親である 画家の聖山那雄人｡➡

事件当日の午前中 聖山環菜は➡

都内のテレビ局でアナウンサー採用試験の
カメラテストを受けている最中に➡

気を失い 途中で試験を辞退>

(里紗)行ってらっしゃい 先生｡
行ってきます｡

<父親が講師を務める
二子玉川の美術学校にやって来て➡

女子トイレに呼び出した父親の胸を
包丁で刺した｡➡

その場から逃げ出した彼女は
すぐ近くの自宅に帰宅｡➡

母親と言い争ったあと 自宅を飛び出して
多摩川沿いを歩いていたところを➡

近所に住む主婦に通報され
逮捕に至った｡➡

父親とは アナウンス受験を反対されて
不仲だったが➡

ほかに動機らしいものは見当たらない>

(ドアが閉まる音)

初めまして｡
公認心理師の真壁由紀と申します｡

初めまして｡

出版社の方から
聞いてると思うけど➡

もし環菜さんが 本当に
本にして伝えたいことがあるなら➡

最大限 お手伝いしたいと思ってます｡

でも もちろん
無理強いはするつもりはないから｡

そうした方がいいなら…
本にしてもいいです｡

でも…｡

でも？

私の本心なんて
語る価値のあるものじゃないと思います｡

それに… 正直に言えば 私➡

うそつきなんです｡

うそつき？

自分に都合が悪いことがあると➡

うそついたり
ごまかしてしまうことがあって｡

自分でも 何で こうなったのか…｡

それで
｢動機は そちらで見つけて下さい｣って？

そんな偉そうな言い方は…｡

｢動機は 自分でも分からないから
見つけてほしいくらいです｣って｡

そういうふうには言いました｡
そう｡

事件の日のことを何でも➡

話せる範囲でいいから
聞かせてもらえるかな？

真壁先生って 弁護士の庵野さんの
お知り合いなんですか？

あっ… 彼は 親戚で｡

フフッ 庵野さんは
女心とか詳しそうですよね｡

女は みんな 自分のこと好きになると
思ってる感じですけど フフフッ｡

庵野さんと真壁先生 何か似てます｡

雰囲気が近いっていうか…｡

そう？

先生… 私を治せますか？

治るっていうのは➡

環菜さんにとっては どういうこと？

他人の痛みが分かる
ちゃんと罪悪感のある人間にして下さい｡

治す… ことよりも➡

私は まず あなたを知りたいです｡

私も… 知りたい｡ 私のこと｡

♬～

はい｡

どうでした？ 彼女｡

繊細で 賢くて 勘がいい｡

目を持ってる｡

目？

同じ育ちの人間が分かる目｡

親と葛藤を抱えた…｡

庵野さんと真壁先生 何か似てます｡

親からの虐待とか？

それは まだ分からないけど｡

いいねえ 虐待…｡

恐らく 検察からの求刑は
15年を超えてくる｡

親からの虐待に耐えかねての殺害なら
情状酌量も得て 弁護しやすくなる｡

協力していきましょ｡

迦葉… 私たち 一度
腹割って話す必要がない？

割る腹なんて 俺には もともとないけど？

あっ そう｡ じゃあいい｡

そんなこと言いだした理由を
聞かせてもらってもいいですかね？

本当は… 協力してやれるほど お互い…➡

許してないでしょ？ あなたも 私も｡

(通話が切れる音)

(ドアの開閉音)

(我聞)あっ ビール飲む？
あっ うん｡

よいしょ…｡

はい｡
あっ ありがとう｡

我聞さん 今 幸せ？
えっ？

あっ ううん｡

迦葉は？ 元気そうだった？
うん｡

実は 美恵子おばさん
今 体調よくないんだ｡

おふくろが 毎日 病院に詰めてて
入院 長引きそう｡

そうなんだ｡
迦葉が 全然 見舞いに来ないらしくて…｡

実の母親なんだけどな｡

まあ 今でも
捨てられたと思ってるんだろうな｡

ごめん｡
うん｡

あっ はい｡
辻です｡ 今 大丈夫ですか？

はい｡
じゃあ 今から言うサイトを
開いて頂けますか？

はい｡

あることないこと…｡

あんな人と
つきあってたことが知られて 最悪です｡

賀川さん？ とは
どれくらい つきあっていたの？

大学入ってすぐ ２年半くらい｡

前の彼に暴力を受けてて
相談しに部屋に行ったら 押し倒されて｡

えっ… それは無理やりってこと？

もうすぐ時間だね｡

次の面会までに もしよかったら
手紙を書いてもらってもいいかな？

今までを振り返って
環菜さんの書きたいことを…｡

書きたいことなんて 何も｡

じゃあ 恋愛のことにしてみようか｡

賀川さんのことでも そうじゃなくても｡

いいことでも 嫌なことでも➡

初恋から事件の日までを…｡

時間です｡

(賀川)
いやいや この記事 盛ってるんですよ～｡

何か 奴隷にされたみたいなことを
ちらっと言っただけで｡

マスコミって怖いですね～｡

こちらとしては 名誉毀損で
訴えることもできるんですが｡
えっ？

もし 賀川さんが協力して下さるなら➡

こちらとしても
事を荒だてたくないなと…｡

いやいや もちろん 協力はします｡
だから 訴えるとかは…｡

僕は 正直に全部 話しただけなんで…
一番の理解者として｡

一番の理解者？
ええ｡

では まず…｡
あの時は 俺も環菜に悪いことしたなって｡

悪いこととは？

俺が環菜を振ったことです｡

はっ？
だから 俺から 別れを｡

あっ まあまあ
ほかに好きな子ができちゃって｡

いや 環菜のことは
本当に大好きだったんですけど➡

あいつの浮気性だけは許せなくて｡

浮気性ですか？
はい｡

問い詰めると 逆ギレされて…｡

環菜って いっぺん キレたら
手がつけられないっていうか➡

もう 人が変わったみたいに
なっちゃうんです｡

環菜ちゃんが？
はい｡

あの ちょっとお伺いしたんですけれども｡
はい｡

環菜ちゃんと つきあうことになった
きっかけっていうのが あの➡

彼女の前の彼のＤＶを相談中に
賀川さんから無理やり肉体関係を強要…｡

ちょちょ… 待って下さいよ｡
いや そんなわけないじゃないですか｡

はあ… うそですね うそ｡
うそ？

だって そういう流れになった時も
別に嫌がってなかったし｡

いや もし嫌がってたら
そのあと つきあわないでしょ？

やっぱ 環菜 おかしいよ…｡

あの 実は ず～っと
虚言癖があると思ってたんです｡

虚言癖？

初めて会った時 彼女言ってた｡
自分がうそつきだって｡

何で そんなこと…｡

いつも こんなふうに
依頼人の友達にまで会いに来たりするの？

いや 今回は… 行きたいって言うから｡
いちいち入れ込んでらんないよ｡

そんなふうに言っても
迦葉君なりの正義があるから➡

儲からない刑事事件を
たくさん引き受けてるって➡

出版社の人から聞いたよ｡
いや… 別に そういうわけじゃ｡

わっ！

ハァ… ああ…｡

はい｡
ありがとう｡

何だ これ… 参ったな～｡

うわ～ もう最悪！
今日 下ろしたての靴なのに｡

フフッ 由紀 そういうとこあるよな｡
ツイてねえっつうか 間が悪いっつうか｡

迦葉だって… 行く店 行く店
全部 閉まってたり｡

だから それ 由紀が一緒だったから｡
違うよ！ 大体 この雨だって 迦葉が…｡

もしもし 兄貴？

うん… マジで？

ああ… そうか 分かった｡ じゃあ｡

どうしたの？

あの人が危篤だって｡
えっ？

あ～ 雨 すげえな｡

迦葉！

行くよ｡ まあ 今更➡

俺を殺そうとしたあの人に会ったからって
何にもなんねえけど➡

最期まで あの人を押しつけたら
おふくろがかわいそうだから｡

なあ…➡

どんな親でも
死んだら 子どもの心は動くのかな？

(雷鳴)

理由の｢由｣に糸偏の｢紀｣で｢由紀｣｡
ねえ いつも そんなふうに声かけてるの？

まあね｡ 名字は？

由紀でいい｡

名字で呼ばれ…｡
呼ばれたくないから？ 親の名前で｡

俺も｡

早く～｡
飲むよ 飲むよ｡

ちょっと！ そんなことしてると
かわいい彼女にポイされるよ｡

いや 私たち そういうんじゃないんで｡
この子はね 妹みたいなもんだから｡

ポイされたのは俺たちの方｡
うん？

親に… なっ？

(心電図ﾓﾆﾀｰの音)

(美恵子)じゃあ 行ってくるね 迦葉｡
ママ～ おなかすいた｡

そこにあるの 食べてなさい｡ じゃあね｡

(ドアが閉まる音)

(心電図ﾓﾆﾀｰの音)

無理やりっていうのは…
やっぱり 違うかもって｡

それは どうして？

笑ったんです 私｡

賀川さんに… 押し倒された時｡

人は いつも
笑いたいから笑うわけじゃないよね｡

彼のことは
寝てもいいくらいに好きだった？

前の彼にＤＶされた時 助けてくれて➡

人として 感謝は｡

普通は 相手を知って 好きになって
関係を持つものだとは思わない？

最初は みんな
必死で言い寄ってくるくせに➡

最後は 結局 みんなから責められた｡
うそつきだって｡

でも環菜さん 前に 自分で
うそつきって言ったのは覚えている？

それは… はい｡

うそは…
どうして つくことになるのかな？

つくしか… ないから｡

例えば どんな時？

これは… 言ったらいけないことだって
言われて｡

何を？

誰に言われたの？

誰？

お父さん？

…と お母さん｡

何て言われたのかな？

戸籍｡

えっ？

たまに… 戸籍を抜くって｡
気に入らなかったら｡

もしかして お父さんとは
血がつながっていないの？

戸籍上は 父の娘になってますけど
本当は違うんです｡

どういうこと？

母と ほかの男の人との間に 私ができて…
だけど 産むなって言われて➡

それを 母と学生時代つきあってた父が➡

母の子だったら 絶対きれいだから
もったいないって結婚して｡

もったいない？

父には恩があるんです｡

なのに… 私が役立たずだから｡

時間です｡

母は 私がうそをつくことで
安心していました｡

(ドアが閉まる音)

お加減がすぐれない時に
お邪魔してすみません｡

(昭菜)あっ いえ… 家にいると
マスコミが来たりで➡

なかなか体調が落ち着かなくて｡
それで 今日は？

実は お嬢さんの 事件を起こした動機が
まだ分からなくて｡

環菜がご迷惑をおかけしてすみません｡

いえ… 環菜さんに
理由を聞いても➡

ご主人が
就活を反対していたことぐらいしか…｡

ご主人は どうして アナウンサーに
そんなに反対だったんでしょうか？

万が一 アナウンサーになれたとしても➡

タレントみたいに
周りから何を言われるか｡

夫には 画家 聖山那雄人としての
イメージがありましたし｡

分かりますよね？
…はい｡

結局 動機なんて
本人にしか分かりませんよね｡

まあ… はい｡ う～ん…➡

お母さんから見て
お二人の関係は どうでしたか？

確かに 夫と環菜は
仲がよかったとは言えません｡

夫は 気難しい人でしたから｡

でも… そんなに嫌なら
全寮制の高校にでも行ったらどうかと➡

私は言ったんです｡ だけど…➡

環菜が 家にいると決めたなら 自分で
どうにかするしかありませんよね？

まあ… はい｡

まだ子どもの環菜さんは
自分でどうにかする力はありません｡

しかも 環菜さんは ご主人と…｡

真壁先生｡

もし違っていたら 大変失礼なんですが➡

環菜さんが 那雄人さんの本当の娘さん
じゃないというのは事実でしょうか？

生まれた時から一緒にいるんですから
実の子同然です｡

じゃあ… 本当に｡

しかし 環菜さんは➡

那雄人さんの意に沿わないことをすれば
戸籍を抜くと言われ…｡

被害妄想です｡

うそというか…➡

あの子 都合が悪くなると
昔から そういうところがあって｡

環菜は… 自分のやったことの重さを
分かっていないんです｡

だから 父親をあんな…｡

(ドアの開閉音)

何 見てんの？

殺された聖山那雄人の画集｡
ふ～ん｡

どう？

う～ん… あんまり好きじゃないかな｡

限りなくリアルに近い表現をしてるのに
リアルを肯定していない感じがする｡

人を見る まなざしに
温かさがないっていうか➡

どの絵も 対象に愛がないように見える｡

素材としての観察対象を見るような
冷徹さ？

それゆえの美しさなんだろうけど…｡

観察対象？
ああ いや…｡

カメラマンの端くれの
勝手な感想だけどね｡

ううん｡

愛って何だろうね？

さあ？

僕は… 理解しようとすることかな｡

分からなくても分かりたいって｡

ハハッ …なんてね｡

こちらです｡
あっ ありがとうございます｡

♬～

自宅で デッサン会…｡
(柳澤)ええ｡

あの それは いつごろですか？

(柳澤)10年くらい前じゃないですかね｡

聖山先生が
気に入った生徒さんたち集めて➡

定期的に やられてたみたいですよ｡

聖山那雄人は 一時期
自宅のアトリエに生徒たちを呼んで➡

環菜ちゃんをモデルに
デッサン会を開いてたらしい｡

モデルって どんな？

詳しくは分からないけど
当時のことを知ってる生徒が見つかった｡

フフッ｡

好きでしょ？ これ｡

これ｡

兄貴が写真の賞を取ったんだよ｡
すごくね？

昔からの夢でさ 有言実行ってやつ｡

すっげえいいよ 兄貴の写真｡

あっ…｡

(ﾍﾞﾙﾄを外す音)

あれ？

何か… 飲み過ぎたかもな ２人とも｡

うん…｡

余裕で２桁超えるくらい経験積んでも
こんなことって あるんだな｡

そんなにいたんだ｡

今まで 一度もなかったよ こんなの｡
由紀が初めて｡

由紀だけだよ｡

私のせい？ 私が女っぽくないから？

確かに… ほかの子とは違うけど｡

それって ただのセックス依存でしょ？

母親に愛されなかったから｡

♬～

絞めれば？

待って 迦葉｡

別に つきあってたわけじゃねえし｡

(ドアの開閉音)

(辻)
似てらっしゃるんですか？ ご主人と｡

ご兄弟なんですよね｡
いや～ おかげで助かりましたよ｡

ご協力頂けて｡ ハハハハ…｡

似ては… いません｡

あっ ここから バスに乗ります｡

寒いな…｡

♬～

(南羽)ちょっと床が濡れてるんで
気を付けて下さい｡

いや… 僕なんかが
どれだけ参考になるお話ができるか｡

南羽さんは 聖山先生のデッサン会に
行かれてたんですよね？

ええ｡ 10年ぐらい前ですかね｡

聖山先生のことで何か
印象に残っていることはありますか？

あ～…➡

あっ！ ｢もし お前が絵の対象物を
ちゃんと見てるつもりなら➡

今 この瞬間 その10倍見ろ｣って｡

これは印象に残ってますね｡

まあ でも
そういうふうに世界を見てた人だから➡

ああいう繊細な絵が描けたんでしょうね｡

10倍は大変ですね｡
フフッ｡

デッサン会に参加していた生徒さんの
男女比とかは？

あっ 男です｡ 全員 男でした｡

その時の絵を見せて頂けると｡
あっ ちょっとお待ち下さい｡

すいません お待たせしました｡

(南羽)いや まだ下手な頃の絵なんで
ちょっと恥ずかしいんですけど｡

(辻)いやいやいや お上手ですよ！

これって…｡

えっ どうかしました？

寄りかかっているんですよね お互いに｡

ええ｡ だから 男女の体の違いですとか➡

大人と子どもの体の大きさの違いが
よく分かって➡

とっても勉強になりました｡

ちなみに この男性は全裸ですよね？
こういう時は 下着など…｡

すみません 詳しくなくて｡

ヌードモデルは 普通 はかないですから｡

でも 構図的に 女の子の視界に
入らないように考慮されてましたよ｡

(辻)でも この姿勢で 思春期の女の子が
何時間もいたんですよね？➡

自分を囲む 若い男性たちが
ふだんの10倍 凝視する中で｡➡

倫理的におかしいとは 誰も…？

普通ですよ｡ だって芸術ですから｡

いや 芸術って…｡

誰も 彼女をそんな目で見てません｡

観察対象…｡

もしよろしければ
こちらをお借りできないでしょうか？

裁判の証拠として
使わせて頂きたいんです｡

もちろん 南羽さんには
ご迷惑をおかけしません｡

お断りします｡

僕の絵のせいで
騒ぎを大きくしたくないんで｡

♬～

すいません｡ 僕が余計なこと言ったから｡

辻さんの感覚が普通ですよ｡

でも どれぐらいのことなんでしょうか？
男性モデルとの接触は背中だけで➡

性的なポーズを
取らされているわけではない｡

厳密に言えば 見られてるだけですよね｡

私は虐待状態だったと
言えると思いますけどね｡

ただ 裁判では どの程度
重要なこととして受け止めてもらえるか｡

決定的な行為はないですからね｡

見られていただけでも
性的な視線を日常的に感じていたら➡

トラウマになることがあります｡

ちょっと怖いですね｡

あっ いや 僕なんか
きれいな女性は つい見ちゃうし➡

それで セクハラとか言われる世の中も
怖いな～って｡

俺も さっきのホテルの
フロントの女の子に訴えられたら➡

敗訴かも ハハハハ…｡

はい 庵野です｡

聖山環菜は どうだったんでしょうね？
性的な視線は感じてたんでしょうか？

幼い子は 性的な視線の意味が
分かりませんからね｡

ただ 理由も分からず不快で 緊張する｡

その感覚が 大人になって
性を経験することによって➡

初めて名前を持つんです｡

あ～ あの時の あの視線は
そういう意味だったのかと｡

クリニックには
そういう相談者も多いんですか？

私の話です｡
えっ!? あっ…｡

幼い頃から 父が家に帰ってくるのが…➡

訳も分からず怖くて➡

お風呂に入る時なんかも
電気を全部消して 気配も消して…｡

だけど 小学校５年生の時に
父が 脱衣所のドアを開けたんです｡

私を見て 謝るでも驚くでもなく➡

｢電気をつけなさい｣｡

その時 私は暗闇の中で感じたんです｡

さらした肌の全部で 父のまなざしを｡

それは 単純に 気まずかったとかとは…｡

違いますね｡ 今 思い出しても｡

実は 小さかった頃 父は
よく東南アジアに出張に行っていて➡

買春をしていたんです｡ 児童買春｡

えっ…｡

私が母から 買春のことを聞いたのは➡

似合わない振り袖を着た 成人式の朝で｡

そこで 全ての謎が解けました｡

なぜ 小さい頃から 私は 母に執ように
女であることを否定され続けたか｡

なぜ あんなに
責められなければならなかったのか｡

母は 父のことを全部知っていて
それで…｡

まあ 全部 昔の話なんですけど｡

それで 今 ご両親とは？
私が距離を取っています｡

その方が お互いのためかなと思って｡

♬～

(芝)その目は… 知ってる人？

ああ…｡

お父さん｡

♬～

ふだん 一人で飲んだりすんの？

ううん｡ 正親がいるし｡
今日は… 何となく｡

眠れなかった…｡

ふだんは 家に帰ったら
切り替えられるんだけどね｡

兄貴 癒やし系だしな｡

しかも 仕事の理解があって➡

子どもがいるのに 泊まりの取材も
認めてくれて 家事もできる｡

神様みたいだな｡

賢いよ 由紀は｡

兄貴は結婚向きだよ｡

どういう意味？

聞きたいか？

そんな目で見られてもね…｡

♬～

おやすみ｡

♬～

もしもし｡

眠れないんじゃないかと思って｡

やっぱり 我聞さんは 神様みたいだね｡

それじゃあ 迦葉にもよろしく｡
うん｡

♬～

(我聞)誰かのご紹介ですか？

いえ 通りがかって｡ 失礼します｡

待って下さい｡

(笑い声)

我聞さん？

僕は 遊びとかじゃなくて
真剣に つきあっていきたいんだけど➡

それでもいい？

フフッ…｡

嫌？

そんな… 真面目なことを 今 ここで？
って｡

あっ… ごめん｡

すごいうれしくて｡

♬～

すみません｡ 東京に帰る前に
どうしても もう一度 お話しがしたくて｡

南羽さんは あの絵を描いた時に➡

彼女のことを
どういう目で見てましたか？

いや… ですから 僕は…｡

聖山先生も含めて
そこにいた誰か一人でも➡

彼女のことを 愛情を持った まなざしで
見ていた人はいないんでしょうか？

たくさんの男性の視線に
一人で向き合わなければならなかった➡

彼女の気持ちを よく考えてほしいんです｡

あなたが描いた絵は あの日の
小さな少女を救うかもしれない➡

重要な証拠になるんです｡

南羽さん… 南羽さんが描いた絵は
どんな絵に見えますか？

♬～

バスの時間 確認してきます｡

ごめんなさい｡
結局 あの絵 貸してもらえなかった｡

絵のモデル 本当は嫌だったんじゃない？

裸の男性と一緒にいる姿を➡

何時間も 何人もの男性に
見られ続けるなんて 異常だから｡

そんなこと 考えたこと…｡

生徒さんたちのこと
怖かったんじゃない？

いいえ｡

じゃあ…
そこにいた生徒さんたちの印象を➡

環菜さんが ひと言で表すとしたら…｡

言って｡

気持ち悪い｡

えっ？ どうして… えっ…？

何で 私… 気持ち悪いって思ったの？

えっ えっ えっ？ 全然分かんない…｡

環菜さん 大丈夫 落ち着いて｡
何を言っても大丈夫だから｡

あっ… あっ… 失礼します｡

待って｡ 左手首は… いつから？

私が全部悪いんです｡

(ドアの開閉音)

リストカット？
うん… 間違いないと思う｡

確かに 逮捕された時 彼女の腕に
包丁で切った痕があったらしい｡

事件の日に？
でも 俺が…➡

｢父親と もみ合った時に出来た傷で
正当防衛か？｣って聞いたら➡

彼女自身が 違うって言うし…➡

それ以上 調べられなかった｡

鶏でしょ？
｢トリ｣って？

学校で飼っていた鶏に襲われた傷でしょ？
それが何か？

それは 環菜さんが言ったんですか？

はい｡
いつごろですか？

え～… 私が友人の結婚式で
ハワイに行ってる間に出来た傷ですから➡

中学生になる前の春休みだったかと｡

それで 鶏に襲われたと環菜さんが？

そうです｡
私が｢ケガよね？｣って聞いたら…｡

はい｡

そのあと 傷が増えたりしたことは？

さあ？ 数えたわけではありませんから｡

私が お聞きしたいのは➡

環菜さんが
何か精神的に追い詰められて➡

そのことを お母様が➡

気付いていらっしゃったんではないか
ということなんです｡

それは… 何かしら あったでしょうね｡

あの子は 昔から もろかったから｡

でも そんなの… 最終的に
自分で どうにかするしかないですよね｡

まあ… はい｡

そうでしょうか？

｢私が うそをつくと 母は安心しました｣｡

環菜さんは こう言っていました｡
意味は分かりますか？

分かりません｡➡

あの子には しっかり
司法の場で裁きを受けさせて➡

反省してもらいたいんです｡

そうじゃなきゃ 治りませんから｡

治る？

私は 検察側の証人として
出廷するつもりです｡

鶏に ひっかかれた傷なんて
うそに決まってる｡

小学校を卒業した春休み
母親がいない時に何かあって➡

環菜ちゃんがリストカットを始めたので
間違いないな｡

リストカットが 父親からの
何らかの虐待を受けたことが原因なら➡

虐待の証拠になる｡
(ﾉｯｸ)
≪失礼します｡

庵野先生に お荷物が｡

南羽さんからだ｡
えっ？

(南羽)｢僕の絵は
決して優しい絵ではありませんでした｡➡

僕の拙い絵が
その少女を助けられるなら➡

自由にお使い下さい｡➡

ただ あの状況に誰も疑問を持たなかった
理由を思い出しました｡➡

あの時 彼女にアプローチしていた
同期がいて 注意したのですが➡

彼の話では 彼女は既に経験済みで
彼氏がいて 男慣れしていると｡➡

それで 何となく
平気なのかなと思ってました｣｡

その彼氏って子が➡

環菜ちゃんが
最初にリストカットした春休み➡

何があったのか 知ってるかもしれないな｡

そのころ つきあっていた彼って
学校の同級生とか？

いえ コンビニの店員さんでした｡

店員さんは いくつくらいの人？

21歳で その時は フリーターだって｡

フフッ でも 私が 道でケガしてたら
助けてくれて 優しくて…｡

一番いい思い出なんです｡

どういう おつきあいだったのか
詳しく聞いてもいいかな？

いいけど…｡

言いにくかったら また手紙でも構わない｡

分かりました｡

その彼って…｡

初恋… だったんです｡

そう｡

会いたい…｡

｢小学校を卒業した春休みに
母が ハワイに行ってしまって➡

父と２人になったことがありました｡➡

父は 鍵を持たない性分で
明け方まで起きて待っていましたが➡

鍵をかけて １時間だけ寝ようとしたら
気付くと お昼前で｣｡

(ドアをたたく音)
≪(那雄人)おい！

｢戻ってきた父に どなりちらされ
出ていけと言われました｣｡

(那雄人)出ていけ！

｢どこへ行っていいか分からなくて
私には どこにも居場所がなくて➡

川沿いを どこまでも歩きました｣｡

｢そのまま
雪と一緒に消えてしまいたかった｣｡

｢転んで 膝を擦りむいて
血を見たら 何だか悲しくなって…｣｡

(小泉)大丈夫？

｢泣いていたら いつの間にか 目の前に
コンビニの店員さんが立っていました｡➡

地味だけど 優しそうな男の人でした｡➡

多分 その時には もう
彼を好きになっていたんだと思います｣｡

(小泉)もしかして 帰れないの？

ありがとう｡

｢狭いけど 片づいた部屋で
甘いコーヒーを飲ませてもらったこと｡➡

テレビゲームをして笑ったこと｡➡

彼に ギュッとしたいって言われたから
つきあうならいいよって答えたこと…｣｡

｢それが 裕二君でした｣｡

その手紙に書いてあることは
本当のことですか？

うろ覚えですけど 父親に
家を追い出されたから帰れないって➡

寒くて 震えてて➡

あんな子を 夜の街に
放っておくわけにもいかないし➡

深く考えずに
人助けのつもりで アパートに｡

(小泉)布団が一組しかないって気付いて➡

寒いし 男みたいに
放置するわけにはいかなくて…｡

一緒に寝る？

いいよ｡

(小泉)｢いいよ｣って
普通に明るく言われたから…｡

(小泉)最初は冗談半分だったんです｡➡

寒いって言うから ふざけて
抱き合ってるうちに エスカレートして➡

服の中まで…｡➡

そんで 明け方まで 触ったり やめたり｡

でも 最後までは… 本当に｡

…で その日のうちに別れようと思ったら
環菜ちゃんが➡

｢じゃあ 今までのは何だったの？｣って
突然 問い詰めてきて｡

｢じゃあ 逆に どうしたらいいの？｣って
聞いたら➡

｢つきあうならいいよ｣って｡

だから 罪悪感もあって
オーケーしたんです｡

罪悪感？

つきあうといっても…➡

彼女が 親とケンカした時の
避難所のようなもので➡

来た時は 部屋でゲームしたり
そのあとは まあ… 適当に｡

でも 大家さんに｢妹か？｣って聞かれて
さすがに やばいなって｡

もうやめようって｡

環菜ちゃんは？

(小泉)警察に捕まるって言ったら
やっと分かってくれて…｡

♬～

(小泉)それが 最後です｡

あの… これって取材だけですよね？

僕のこと訴えたり 逮捕したりとか…｡

小泉さんのしたことは
強制わいせつ罪にあたりますが➡

既に時効を迎えています｡

お父さんのことで 何か
ほかに聞きませんでしたか？

例えば… 虐待とか｡

虐待とは違うかもしれませんけど➡

絵のモデルをして 洋服を買ってもらって
うれしかったけど➡

誰々に ベタベタされて嫌だったとか
いろいろ…｡

そのことについて聞いたりはしましたか？

聞いちゃいけないような気がして…｡

それに… あんまり知りたくなかったから｡

知りたくなかった？
えっ 少しは助けようという気は？

怖かったんだと思います 環菜ちゃんが｡

12歳の女の子が？

彼女… 言ってることが うそか本当か
分からないところがあったし➡

遠慮してると思ったら
怒って 暴れだしたり｡➡

かわいそうだなとは思ったけど
俺には 手に負えなくて…｡➡

だから 逃げるしか…｡

それに 環菜ちゃんも
家にいたくないから➡

俺のことを利用してる部分も
あるんじゃないかなって｡

それは 相手が対等な大人だった場合です｡

体も 心も 未熟だった彼女にとって➡

小泉さんとの関係は 心身ともに
強く負荷がかかる状態だったと思います｡

それでも
あなたを頼るしかなかったくらい➡

彼女は孤独だったんだと思います｡

何で 環菜ちゃんは あいつのこと
大事な人みたいに思ってるんだろう？

救いがなくなってしまうから｡

自分も 相手も
ちゃんと愛情持ってたって…｡

ない場所に ないものを求めてた｡

じゃないと 初恋まで
悲しい思い出になっちゃうから｡

えっ？ 裕二君 来ないんですか？

小泉さん 多分 環菜ちゃんに会う勇気が
なかったんだと思う｡

それと… 立場とか…➡

家庭のことを考えて
判断したんだと思う｡

家庭？
えっ 裕二君 結婚してるんですか？

ええ｡

うそ…｡ だって あんなことした人が
普通に結婚するとか意味分かんない｡

えっ おかしくないですか？

本当は… 分かってるのね？

自分が何をされたのか｡

初恋なんかじゃなかったって｡

小泉さんに
一緒に布団に入ろうって言われた時➡

環菜さんは 本当に そうしたかった？

でも… 最後まではしないって｡

それは あなたを気遣ったんじゃないの｡

環菜さん
小泉さんとのことを誰かに話した？

何があって 何が苦しくて
どう思ったのか…｡

話して｡

分かりたくなかった 本当のことなんて｡

待って 環菜さん！

リストカットも父親のせいにすれば
情状酌量が得られるんだけど➡

本人が否定してるからな…｡

12歳の春休みに 何があったんだ？

リストカットした
きっかけは何だったんだ？

何で 今 父親を殺そうと思ったんだろう？
えっ？

ストレスがかかり過ぎていた思春期なら
まだ動機に説明がつく｡

でも 今は 反対されても➡

女子アナの試験だって
自分の意志で受けることができた｡

何で 今？
初公判まで 時間がない｡

ここからは 俺の仕事だ｡

(検察官)｢聖山那雄人を
左前胸部刺創に基づく 失血により➡

死亡させて
殺害したものである｡➡

罪名および罰条 殺人 刑法第199条｣｡

(裁判長)
被告人は 今の公訴事実を認めますか？

はい｡

こんな弱々しい子が殺せるんですね 親を｡

被告人は 長きにわたり
被害者である父親から➡

極度の虐待を受けてきました｡

ご覧下さい｡
これが デッサン会で描かれた絵です｡

男性モデルは
服を一切 身につけていません｡

被告人は
この男性と密着させられた状態で➡

長時間 絵のモデルになるよう
那雄人さんに言いつけられていたのです｡

暴力的行為を伴うものだけが
虐待ではありません｡

被告人が育ってきた これら成育環境は
那雄人さん殺害にあたって➡

十分 情状酌量の余地があるものと
考えます｡ 以上です｡

続いて 検察官から請求があった
証人調べに移ります｡

♬～

証人は名前を述べて下さい｡

聖山昭菜｡ 聖山那雄人の妻です｡

(どよめき)

親子対決ですね｡

娘は 幼い頃から 情緒が安定しなくて➡

いきなり泣き叫んだり
都合が悪くなると うそを言うことが｡

母親としては 情けないばかりですが…｡

(検察官)
うそをですか｡ では デッサン会に➡

裸の男性モデルがいたということは
ご存じでしたか？

いいえ｡ 知っていたら注意していました｡

学生が酔って 被告人に抱きついたり➡

体を触ったりしたようなことは
ありましたか？

私が知る限り いません｡

ああ… 子ども好きの学生さんが➡

頭をなでたり 軽く抱き上げたりする人も
いましたけれども｡

環菜も喜んでいたし… どうして
環菜が被害者のような話になるのか…｡

事件直後 あなたは被告人に会ってますね｡
その時のことをお聞かせ下さい｡

動揺はしているようでしたが➡

刺したあとなのに泣いたりといったことは
ありませんでした｡

(検察官)
被告人は あなたに何か言いましたか？

｢お父さんに包丁が刺さって｣と
言いました｡ だから…➡

｢お父さんを殺したってことよね？｣と
聞いたんです｡

(昭菜)そのうち 環菜は逃げて 外へ｡

母親としては しっかり改心して
償ってほしいと願っています｡

(検察官)
ありがとうございます｡ 以上です｡

(裁判長)では 反対尋問をお願いします｡

証人は 被告人が うそをつくと
おっしゃっていましたが➡

具体的に
何か思い出せるものはありますか？

それは いろいろ｡

さっきのデッサン会の話も
大げさに言って 心配されたがったり…｡

しかし 証人は デッサン会の時は
いつも家を空けていて➡

モデルの男性が ヌードだったことさえ
知らなかったんですよね？

それは…｡
そんな大変な事実を
把握していなかった証人が➡

デッサン会で 被告人に性的な嫌がらせを
するような人物がいなかったと➡

言い切れるのは なぜですか？
嫌なら 私に言えばいいじゃないですか｡

環菜が 思い違いをしているだけだと
思います｡

あの子のことは 母親の私が
一番分かっていますから｡

分かっている… 理解している…｡

ならば 証人は 本当に環菜さんが➡

デッサン会に
喜んで参加したと思いますか？

長時間 全裸の男性と密着させられた
状態が 精神的虐待ではないと｡

気持ち悪い！

虐待虐待って そんな…｡

モデルなんて ほんの数年で…｡

バイト代も出ないのに働きたくないって
環菜がサボったりするから➡

あの人が やめさせたんです｡ それを…｡

バイト代とか 私 知らない｡

ひどすぎる！
(裁判長)被告人は静粛に｡

言うことなら全部聞いたのに！
我慢したのに！ どうして!?

お母さん… お母さん…！ 嫌っ！
(泣き声)

(裁判長)静粛にして下さい｡
被告人は退廷しなさい｡

被告人側が不利になりましたね｡

やっと 怒れた…｡

♬～

<人は 何度でも生まれることができる｡➡

そこに 温かな まなざしがあれば>

(ドアが開く音)

(ドアが閉まる音)

体調は どう？

法廷で言ってた ｢我慢した｣って
例えば どんなこと？

私は 本当のあなたが知りたいの｡

環菜さん 話して｡

先生には関係ないです｡

先生みたいな幸せな人には｡

私も 親を諦めるしかなかった｡

私も 親とは うまくいってない｡

ずっと… 父とも 母とも…｡

私も… 幼い頃の自分を見る…｡

そういう目を知ってる｡

♬～

もう うそはつかなくていい｡

私は… たとえ 汚くても醜くても➡

本当の環菜さんが知りたい！

応えなきゃ… 大人の期待に応えなきゃ…｡

自分の つらい気持ちや
怖い気持ちは なかったことにして｡

小泉さんに話を聞きに行った時➡

幼い頃の環菜さんの そんな声が➡

聞こえたような気がしたの｡

左手首の傷➡

12歳の春休みからでしょ？

あのころ 環菜さん➡

すごく つらかったんじゃないかな？

小泉さんとのことを
お母さんには話した？

まさか…
レイプされたわけじゃないわよね？

じゃあ 問題ないじゃない｡

お母さん…｡
≪(那雄人)おい 昭菜｡

は～い！

言えなかった…｡

恥ずかしくて つらくて…｡

いっそ 無理やりされてたら…
そしたら…｡

お母さんは あなたを見てくれた…？

それから？

お父さんに謝らされて｡

だったら 裕二君の方が優しいから
いいかなって…｡

でも… だんだん
最後までできない代わりに➡

いろいろ させられるようになって…｡

でも 向こうは そういうことしたいから
私と会ってるんだしって｡

なのに… 結局 そういうことしてるのが
やばいから別れるとか➡

意味 分かんなくて…｡

モデルをやめたのは どうして？

あいつの方から やらなくていいって｡

お父さんが？ 何で？

腕に傷があるから
当分は無理だって言われて…｡

それは リストカットの傷でしょ？

鶏に ひっかかれて…｡
私は そんなうそに…➡

だまされたふりなんかしない｡

見せて｡
嫌です｡

どうして？
見ないで…｡

見ないで下さい！
私を分かろうとしないで！

私の本を売りたいからでしょ？

先生だって みんな 誰も
人のことなんて どうでもいいんだから…｡

どうでもよくなんかない！

あなたの…
あなたしか感じられない気持ちを➡

あなたが話さずに 誰が話すの？

誰にも分かってもらえないまま
何年も何年も 刑務所にいるなんて➡

おかしいでしょ！

本当の環菜さんが かわいそうでしょ！

♬～

ごめん 大声出して｡

心理師 失格だね｡

♬～

治ったら また 絵のモデルが始まって…➡

男の人たちに見られて 気持ち悪くなると
訳が分かんなくなって また切って｡

切れば モデルやらなくていいから
また…｡

あなたは お父さんを殺した｡

でも… その前に…➡

たくさんの大人が➡

少しずつ➡

あなたの心を… 殺していたんだね｡

♬～

頑張ったね…｡
でも もう頑張らなくていい｡

うそなんて必要ない｡

あなたは… 自分の…➡

本当の人生を生きて｡

♬～

どうして… お父さんを殺したの？

何も… 何も覚えていないんです｡

解離？

心理学的には 強いストレス状態で➡

記憶がなくなったり
断片的になったりすることを➡

解離… 解離状態というの｡

彼女の話を聞いていると
随分前から その症状があったみたい｡

だから 環菜さんが話していたことが
曖昧だったのは➡

決して
うそをついているわけではなくて➡

解離を起こしていて
覚えていなかったから｡

動機どころか 殺したかさえ分からない｡

だったら 何で 殺害を認めたんだ？

恐らく… そう言われたから｡

状況や証拠が そう言っていた｡

もちろん 警察も
環菜さんが犯人だと言っていた｡

何より 彼女は 幼い頃から母親に
自分が悪いんだと言われ続けてきた｡

周りの人も 彼女自身も
自分のことをうそつきだと言っていた｡

それは 彼女が 親の愛に飢えていて➡

目の前にいる人の好意を失うまいと
その人の望むとおりに振る舞ったから｡

そして 我慢ができずに
本音があふれ出ると➡

それが うそだと思われる｡

彼女は 周囲から ある種 求められた➡

殺人犯という自分を
受け入れてしまったのかもしれない｡

殺意はなかったのかも｡

迦葉…｡
今更 裁判で 180度 主張を変えたら➡

圧倒的不利になる！

ねえ… 迦葉は 今…➡

お母さんを殺したいと思う？

分かってほしいと思うんじゃない？

♬～

精神鑑定に出してみよう｡
心神喪失で無罪を争えるかもしれない｡

私は 事件当日 環菜さんが
何を見て 何を感じたのか➡

私なりに調べてみる｡

どうぞ｡

彼女は こちらで原稿を読んでいました｡

カメラテスト当日も
こんな感じだったんですか？

はい｡

(ｼｬｯﾀｰ音)

あの日 環菜さんは テレビ局を出たあと
渋谷の街を歩いていたの｡

包丁を買ったあとに
丸ノ宮公園へ向かっていった｡

途中
ギターを弾いている青年の前を通った｡

丸ノ宮公園で
トイレに立ち寄ったでしょ？

♬～

それから
サッカーをしている男の子に会った｡

(晴喜)すいません！
はい｡

ありがとうございます｡

うん？ …あっ！

うん？

えっ？

男の子は 環菜さんが 腕に
ケガをしていたから絆創膏をくれたの｡

こんな感じの｡

あっ…！

一体 何があったの？

どうしたの？

大丈夫？ ケガしたの？

どうぞ｡

何か 思い出した？

環菜さんは
本当に お父さんを殺すつもりだった？

助けて… お母さん 助けて…｡

♬～

精神鑑定の件だけど…｡

もう その必要は… なくなった｡

私は 父を殺すつもりは
ありませんでした｡

(ざわめき)

弁護人の意見は？

被告人の主張を変更します｡

起訴内容を否認｡ 争います｡

被告人に 父親である那雄人さんを
殺害する意思は 一切ありませんでした｡

よって 殺人罪は成立せず
被告人の無罪を主張します｡

(ざわめき)

事件当日 何があったのか
説明して下さい｡

那雄人さんに反対されてまで目指した
アナウンサー試験で➡

体調を崩したとはいえ なぜ その場から
いなくなってしまったんですか？

もう無理だと思いました｡
なぜ？

似てたんです｡

何に？

デッサン会です｡

テレビ局のカメラテストが？

はい｡

明るい部屋で たくさんの男性スタッフが
一斉に こっちを見て➡

私の顔 手 足… 全部 観察するみたいに｡

気付いたら 倒れてて｡

もう 試験は駄目だって｡

渋谷で 衝動的に包丁を買いました｡

それは
那雄人さんを殺害するためですか？

違います｡

手首を… 自分の左手首を切るためです｡

左手首を見せてもらえますか？

被告人の腕には
計32か所の傷痕があります｡

これらは 被告人が 子どもの頃から
自傷行為を重ねて出来た傷です｡

32か所のうち ５か所は
事件当日に出来た傷痕です｡

ほかのものは
かなり長い年月が経過している傷だと➡

海洋大学病院の高島医師の意見書により
立証します｡

被告人が自傷行為を繰り返した原因は➡

絵のモデルを強いられたことが一つです｡

傷さえあれば モデルをしなくて済む｡

そんな悲しい理由で 彼女は痛みに耐え
自傷行為を重ねたのです｡

傷が隠し切れないほど増えたため➡

那雄人さんは
被告人に モデルをやめさせました｡

では 被告人 事件当日
包丁を購入したあとは どうしましたか？

丸ノ宮公園のトイレで
左手首を何度か切りました｡

そのあと 公園のベンチに座ってたら…｡

どうしたの？

ケガしたの？ 大丈夫？

どうぞ｡

ありがとう｡

何で こんな小さい子は
私の心配をしてくれてるのに➡

どうして 父は 私の気持ちも
分かろうともしないんだろうって➡

父に… ｢あなたのせいで夢も失って
ずっとつらくて痛かった｣って➡

見せたくて 分からせたくて｡

それで お父さんの勤める
美術学校に行ったんですね｡

その時 那雄人さんは
どんな様子でしたか？

血だらけの腕を見せたので
動揺した様子でした｡

父には 迷惑そうに➡

｢人に見られない場所で洗ってこい｣と
言われて➡

女子トイレに行って➡

また切ったら 思ったより
血がたくさん出て びっくりして…｡

そしたら 父が入ってきて｡

何やってるんだ！

♬～

お前が おかしくなったのは
あいつのせいだ｡

母親が しっかり教育しないから…｡

やめて！ お母さんには言わないで！

♬～

♬～

あっ… ああ… あっ あっ！

それから あなたは どうしましたか？

びっくりして 怖くて➡

とっさに 母に助けを求めようと…｡

とにかく 家に戻らなきゃって…｡

(荒い息遣い)

一体 何があったの？

お… お父さんに… 包丁が刺さって…｡

さ… ｢刺さって｣って｡

包丁が勝手に刺さるわけないでしょ？

助けて…｡
環菜… どういうことよ…｡

助けて… 助けて… 助けて お母さん！

あっ… あっ…｡

ああっ！

こ… 殺したってことよね？

なぜ 否定しなかったんですか？

母から
ずっと うそつきって言われてきて➡

その時も 自分が本当のことを
言ってるのか 自信がなくなりました｡

それに… 言っても 信じてくれない｡

カメラテストで意識が飛んで 気付いたら
包丁を持って 父のところへ向かったと➡

説明しました｡

それくらい 何よ！

そ… そんなことぐらいで…｡

私だって あんたができてから
必死で幸せを…｡

あっ…｡

これから どうするのよ？
どうやって生きていけばいいのよ｡

それから？

家を出て 夕方の川べりを歩いて➡

ああ… 子どもの頃も
こんなことがあったなって…➡

涙も出なくて…｡

被告人は 現場で
那雄人さんと もみ合いになり➡

包丁が
那雄人さんの心臓に誤って刺さった｡

こちらで 昭和文化大学法医学部の
春日教授に 改めて検死を依頼した結果➡

事故の可能性が高いとの回答を得ました｡

弁護人からは以上です｡

では 検察官 どうぞ｡
はい｡

検察から お聞きします｡

被告人は 殺人ではなく事故だったと
主張するわけですね｡

はい｡

まっ 信じ難い主張ですが
仮に そうだったとして➡

なぜ 被告人は 母親である昭菜さんに➡

自傷癖のことを そんなにも
知られたくなかったんですか？

気持ち悪いって 言われたからです｡

母が 私の傷を見た時｡

それで 切ったとは言えなくて
鶏に ひっかかれたと説明しました｡

それからは ずっと
自傷癖のことは知られちゃいけないって｡

なるほど｡
実の母である昭菜さんの証言どおり➡

被告人は
うそをつくことがあったわけですね｡

異議あり！ 検察官の質問は
被告人の答えを意図的に誘導しています｡

(裁判長)検察官 ご意見は？
事実を確認してるだけです｡

却下します｡

あなたは 幼い頃から
自分の身を守るために➡

都合のいい うそをつき続けてきた｡

今回の あなたの証言も
全て うそなんじゃないんですか？

♬～

私が うそをつくようになったのは➡

私のためで 母のためで
家族のためでした｡

私のバカなうそと それに
だまされたふりをした母のうそで➡

守ってきたんです 家族を｡

それが壊れるのが怖かった｡

そんな家族が憎くて
那雄人さんを殺したんですか？

私には… 父を殺す勇気はありません｡

ずっと 父が怖かった… どなる父が｡

でも それ以上に
父がどなって 母が泣くのが嫌だった｡

殺意がなかったのなら➡

なぜ 救急車を呼ばずに
その場から逃げたんですか!?

本当に どうしていいか…｡

ただ 母に助けてほしくて… 怖くて…｡

♬～

でも 間違いでした｡

母は かわいそうな人で➡

私は 母に頼らず…➡

もっと
強くならなきゃいけなかったんです｡

♬～

(水が流れる音)

聖山さん…｡

その傷…｡

あっ…｡

た… ただの ケガですから｡

ご自分のこと 気持ち悪いなんて…
思わないで下さい｡

その傷は… あなたが それだけ➡

つらい思いに耐えて➡

生き抜いた証しなんです｡

♬～

主文 被告人を➡

懲役８年に処す｡

(ざわめき)

有罪…
でも刑期は 検察の求刑の半分ですね｡

被告人が 自ら包丁を購入し
被害者の学校の女子トイレで➡

被害者の胸部に包丁が刺さったあとも
通報せず 逃走したことなどから➡

被告人には 確信的な殺意があったものと
認められ 有罪と判断した｡

量刑の理由としては
被告人の幼少期の成育環境には➡

健全な心身の発達にとって
不適切な面があり➡

その責任の一端が
被害者である父にあると…｡

♬～

♬～

小泉さんに
環菜ちゃん 何を求めてたんだろうな？

恐らく…➡

生まれてから 本来
一番最初に受けるべき➡

親からの愛情の代わり｡

愛情？

女の子の周りには
偽者の神様が たくさんいるからね｡

偽者の神様か…｡

それで自殺しちゃう子もいれば➡

トラウマを乗り越えて
生きていく子もいる｡

本物の愛に… 気付いて
回復していくケースもある｡

彼女も もう少し待てば もしかしたら…｡

俺は 由紀のこと…｡

あの時 由紀だから いらだって…➡

由紀なら 笑顔で許してくれるって➡

甘えてたんだ｡

私こそ ごめん｡

あんなひどいこと言って｡

それって ただのセックス依存でしょ？

母親に愛されなかったから｡

言わせたのは 俺だ｡ ごめん｡

あっ でも
自分でも分かんなかったんだよ｡

あの時 何で
こう うまくできなかったのか｡

迦葉のお母さん
右肩に あざがあるでしょ？

えっ？

病院で着替えてる時に…｡

私も 同じような あざがあるの｡

迦葉はね 怖かったんだと思う
私のことが｡

お母さんと重ね合わせて｡

(ため息)

こんな話になるとは思わなかった｡

ここは診察室で 私は心理師だからね｡

あっ… 雪｡

｢真壁先生へ 裁判が終わって疲れたのか➡

しばらく 何も考えられず
連絡 遅くなりました｣｡

｢庵野先生は
控訴しようと言ってくれたけど➡

判決を受け入れます｡ 父が
亡くなってしまったことは事実だから｡➡

私は ずっと誰かに
私を好きになってもらいたかった｡➡

でも 今は 私が
私を好きになりたいと思っています｡➡

私の心に向き合ってもらえたこと
ずっと忘れません｡➡

先生 本当にありがとうございました｣｡

(ｼｬｯﾀｰ音)
はい｡

ありがとう！

ありがとうございます｡

出版は しない？

はい｡

解離状態から 記憶が戻っても
その記憶が 100％正しいとは限りません｡

公認心理師として出版するなら
そう書かざるをえないね｡

でも 私は そう書きたくないんです｡

環菜さんが言ったこと全てを
信じたいんです｡

院長には 迷惑をかけて申し訳ありません｡

君が決めたんなら それでいいさ｡

先生！ ありがとうございます｡
おめでとう｡

ありがとうございます｡

♬～

(我聞)僕らの式を思い出すな～｡

これからは
お義姉さんって呼ばせて下さい｡

迦葉が大学生の時➡

あいつ 初めて 女の子ナンパしたって
自慢したことがあったんだよ｡

うれしそうに｡

あの時 すぐに気付いたよ｡

いらっしゃいませ～｡

迦葉｡

(我聞)由紀さん 僕の彼女｡

初めまして｡
初め… まして｡

(我聞)だから 聞いたんだよ｡➡

迦葉は 由紀のことが
好きだったんじゃないのかって｡

大事だけど 恋愛ではなかった｡

それが どれだけ特別なことか
伝えようと思っても➡

きっと もう由紀は
受け入れないだろうって｡

それを聞いて 僕は➡

君たちが どれほど
お互いを分かり合ってるか知ったよ｡

私と別れようと思わなかったの？

うん｡

由紀は 僕が報道写真家を諦めて➡

子育てを選んだことを
気にしてるみたいだけど➡

僕は 君の犠牲になったわけじゃない｡
何より そうしたかったんだ｡

我聞さん… 幸せ？

由紀と出会ってから ずっと｡

でも… 僕は神様なんかじゃないよ｡

嫉妬もするし やきもちもやく
ただの男だ｡

由紀は 僕と結婚してよかった？

うん！

我聞さんが撮る私が➡

誰よりも… 優しい｡

♬～

(ｼｬｯﾀｰ音)

(笑い声)

(ｼｬｯﾀｰ音)
フフッ｡

(ｼｬｯﾀｰ音)

♬～

この国には こんな光と色があったんだ…｡