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Zulu
♬~
(拍手)
(拍手)
♬~
♬~
♬~
♬~
(久慈) 米の名前は 「ぎんおとめ」という お米を使ってます
丁寧に これは吟醸酒と同じような 発酵の方法を取ってますので➡
香りも非常にフレッシュな フルーティーな香りがいたします
お料理との相性が すごくいいです
焼き鳥 そして寿司 刺身
そういったものとの相性が 抜群です
あの 今 食べてる それとも相性いいと思いますよ
ハハハ… 賄い
♬~
♬~
(フィリップ)これ始まるまでは あの いつも走ってたんですよ
で 山ん中 走って たまたま ここに出てきたら➡
やってる人たち 行って➡
こんなん教えてもらうこと できるんですかって
その場 すぐはめられて 登らされて
♬~
(スタッフ)何がハマった理由ですか?
なんだろうね その…
なんか できないこと…
できないとこを なんか工夫とかすると➡
できるようになる瞬間ですね
♬~
(女性)ホールドも 潰してしまったんですよ この人
ホールド ガバッて
そんな… いらんやん
力 強いから 重いからやろ
(スタッフ)オックスフォード 出たように見えないですから
(男性) 第一 オックスフォード出て➡
あんた 杜氏なんかやらんで 普通
♬~
(男性)はいよ
はい
♬~
(スタッフ)お酒造りと 似てるとこってあります?
あの 家で考えてるときは ものすごい楽しそうに見えて➡
実は やってるときはつらい
♬~
(ジョンたちの英語)
♬~
♬~
(男性と久慈の話し声)
♬~
(男性)これですね そうそう これこれ…
かっこいいね ゴールドもね
米の香りと吟醸の香りが 一緒に こう…
(男性) やはり酸味もありますんで…
食事に合わせたいということで 酒だけで飲むんだったら…
(古川)我々 あの 問屋なんで 実は その うちの営業マンも➡
1000種類ぐらいの商品を 販売してましてですね
なかなか その お酒の詳しいことを➡
お客さんに説明することが➡
そう簡単ではないんですね
やはり その 蔵元さんに 来ていただけるとですね➡
蔵元さんの情熱だとか➡
いろんなお話がですね➡
お客さんに ダイレクトに届きますとですね➡
うちの営業マンも 常々 蔵元さんに言ってるんですけど➡
「もう来てください」
「来ていただけたら もう売り上げ 伸びます」と
♬~
♬~
♬~
(男性)濁りの燗 濁りの燗ですね
はい ありがとうございます
両方 飲むんだったら 常温と燗の両方 比べるの➡
楽しいと思いますけど それでよろしいですか?
3年熟成の原酒ですね
これも2年熟成ですけど これは低温で寝かせてます
(男性)こっちは透き通ってんだね
これね 一番おいしいとこですね 一番 底は
ありがとうございます はい 失礼します
(男性)どっちが お勧めですか? まあ 両方ですけど➡
どっちかというと 燗 じゃ 両方 飲みます
それが一番お勧めです それが一番お勧め
ありがとうございます
おいしい おいしいです ありがとうございます
大吟の燗
♬~
普通にうまい
(男性)もともと ご出身は どちらなんですか? イギリスです
(男性)あっ イギリスなんですか はい
(男性)日本 何年ですか? 25年
(男性)うっわ すげえ
あっ 蔵は京都です (女性)あっ 京都ですか
(男性)フィリップさんですか? そうです ありがとうございます
(男性) アイスブレーカーを作った? はい やってます
おいしかったです ありがとうございます
最初の師匠の影響もありますし➡
実際 自分で飲んで 何がうまいというのもあります
ワインとか ウイスキーもビールも➡
全部 僕は飲むのは 好きなんですけど➡
やっぱり この 温度で遊ぶことを覚えると➡
ワイン飲んでるうちに なんか やっぱりイライラしてきますね
お代わり たくさんしていただいて ありがとうございます
♬~
♬~
♬~
♬~
(従業員たち)おはようございます
(男性)それでは今日も一日 よろしくお願いします
(従業員たち)お願いします
♬~
♬~
♬~
♬~
次 また分析してもらうからね すぐに
(竹林)てか まあ ちょっと…
ハッキリしたとこ分かんないけど 何年か やってみて…
伝統的なやり方は踏まえつつも➡
もっと今 現代 分かってきたことで➡
もっと こうすれば酒母がよくなる
酵母が強くなる 多くなるっていうのを➡
今 試しましょっていうので 今 盛んに彼が挑戦してるんですよ
(竹林)他の蔵に行って勉強して… うん 勉強してきてね
試してみたら いいほうに… ちょっと いきそうだから
非常に俺としては ありがたいし 楽しみなんですよ
(スタッフ) 自分の家が お酒を造っていて➡
いずれ その 継ぐことに 期待されてんのかなって➡
気づいたのって いつごろですか? もう小さいころからですよ
どこを歩いても 「おお 南部美人の息子だ」と
「久慈のとこの息子だ」と いうふうに言われますし
この町は 私が小さいころから➡
酒蔵は うちしかありませんでしたので➡
南部美人の息子っていうふうに どこ行っても言われました
僕は小っちゃいころから ずっと野球やってましたんで➡
野球が大好きで 友達と遊ぶのも大好きで
遊び場は 蔵でした
この蔵で…
中で遊ぶのはダメだって 怒られてたんですけども➡
蔵の中 外 裏の山 そういった所が遊び場で
まあ 屋根の上も 遊び場でしたので➡
屋根から 落ちかけたこともありますし
(スタッフ)例えば プロを目指そうとか そう思ったことはありますか?
そういうのは あんまりなかったですね
プロの選手になろうとか っていうんじゃなく➡
野球自体が 面白かったっていうこと
あと 仲間が楽しかったと 一緒にやってた野球の仲間に➡
価値を見てたっていうのは 今 思えば そう思いますね
♬~
♬~
♬~
♬~
♬~
♬~
♬~
私 実は高校のとき 英語が すごく好きで
で チャンスがあれば➡
海外 行きたいと 思ってたんですよね
高校2年生の春でした
岩手県として県庁のほうから 海外留学を募集してると
もう 真っ先に 「あっ やってみたい」
「行ってみたい」って 思いましてですね 手を挙げました
アメリカのオクラホマ州の タルサ市っていう所に約1か月
まあ 今でも まだ覚えてますけど➡
ホストファミリーの お父さんたちが➡
迎えに来てくれたときに➡
マクドナルドに行く って話になったんですよ
で マクドナルドって 僕は➡
岩手では 盛岡 行かないと 食えませんでしたから
盛岡に その当時は そんなに しょっちゅう行けませんので➡
ほとんど 食ったことなかったんですね
で そのときに初めて➡
本場のマクドナルドを食べて ビックリしたとか
ただ一番の思い出は➡
お土産で うちのお酒 「大吟醸」を 持ってったんですけども➡
ホストファミリーのお父さんに それを差し上げて
で 夜に一緒に ごはん食べたときに➡
ワインも好きな方だったので➡
大吟醸 飲みながら ごはん食べたら➡
こんなおいしい酒 飲んだことないと
ましてや これだけの おいしいお酒を造れる➡
酒蔵のオーナーの息子 なんていうのは➡
お前は どれだけ幸せだ っていうことを➡
毎晩 毎晩 毎晩 飲みながら言うんですよ
でも その当時の僕は➡
アメリカに行きたいと 思ったことも➡
実は その 自分を変えたいって いう気持ちもあったんですが➡
それ以上に この閉塞した小っちゃな町で➡
どこに行っても南部美人の息子
どこに行っても久慈の家の息子 っていう➡
がんじがらめになってる自分を 解き放ちたいっていう➡
気持ちがあったんですよね
でも その思いは 見事 アメリカに行って➡
お前は蔵元の息子で すごい いいとか言われて
(声援)
惜しい 惜しい!
いいとこ いってるぞー!
(スタッフ)息子さんは 将来 継ぐことについて➡
考えてたりとか するんでしょうかね
今 ヤツの頭の中は 野球一色ですから
(声援)
(歓声)
(久慈たち)カンパーイ
(ユメ)野球選手で マー君とイチローが好き
(タイヨウ)大谷翔平か杉内
俺 小っちゃいころも 親父が全然いなかったし➡
うちの おふくろも 仕事してたんで➡
その 家族で 外に ごはん食べに行くのが➡
すごいイベントで 楽しかったんですよ
お父さんと一緒に フランスに行くのが➡
夢なんでしょ? ユメちゃん そう
僕は 学校の先生になりたいと 思ってたんですよ
蔵がイヤだとか➡
自分の家業が絶対イヤだって いうことじゃなかったんですよ
もっと なんか自由にやって➡
何もなくなったら 帰ってこようかなぐらいの➡
こう チャラいというか 軽い感じだったんですけど
その アメリカに行って 帰ってきて➡
やっぱり その酒蔵っていうのは すごいんだと
で 調べてみると 東京農業大学の 醸造学科っていうのは➡
教職課程も取れるって 書いてあったんで➡
あっ ここは学校の先生にも なれる可能性があるし➡
酒蔵の蔵元にもなれる 可能性がある
まあ 言ってみれば 二兎を追えると
(浩)実は私 その辺りですね 体調を崩したんですよ
私は 鼻血が相当…
救急車2回も乗ってますし それを見てましてね
ああ これじゃダメだ
これは やっぱり 誰かがやるんであれば➡
俺がやらなきゃならないんだ っていうふうに➡
自分は思ったんじゃないですかね
料理の相性と日本酒についても いろいろ話あるんですけど
キノコ この系統と➡
日本酒ほど うまいもんないと思いますよ
(松崎)アハッ そうですか
やっぱ 麹 親戚じゃないですか
(松崎)ああ まあ そうですね 同じ菌類というか
キノコのカビの中にも いろんな香りがありますからね
おだしが すっごく おいしいじゃないですか
料理の相性となると 日本酒のうまい部分と➡
和食の おだしというのが➡
ほぼ100%かぶってると 僕は思ってますね
(女性)熱いの できました ありがとうございます
どうぞ
ありがとうございます いい音ですね
あの 間違いなく マイタケが めっちゃおいしいんですけど➡
マイタケ 全部 食ってしまったんですけど➡
お代わりとかないですよね
飲んでばっかりでしたね
実地研修というか
農大に入って➡
同級生の仲間と蔵元の仲間と いろんな話をして➡
朝まで飲み明かして➡
ああでもない こうでもないって 話してるうちに➡
酒蔵のほうが 楽しいんじゃねえかって
先生になろうという夢は➡
大学1年のときに すっかり なくなってました
で そのあとに大学4年のときに 「十四代」に出会って➡
高木顕統専務さんて方 なんですけども
よく大学時代も お世話になってまして➡
その高木顕統専務が 十四代という銘柄を➡
立ち上げたんですよ
その十四代を 初めて飲ましてもらったときに➡
衝撃を受けました
今まで飲んだ酒と 次元が違うんですよ
味の表現が もう全てがハッキリしている
いろんな酒の味が主張し合ってる
こんな酒できるんだと
それが まさしく 無濾過生原酒という➡
タイプのお酒だったんですけど
そのときに 三軒茶屋にある「赤鬼」という➡
地酒専門居酒屋のオーナーが➡
「久慈君 時代は➡
今後 この十四代のお酒のような 時代が来るよ」と
「南部美人 今のままじゃダメだよ」って➡
言われたの 今でも覚えてる
(教師)分かってるとおり 山廃の部 速醸の部➡
それぞれ 別々に審査をしていただき➡
えーと 市販酒と精製酒を きき酒する順番は➡
どちらでも結構です
♬~
♬~
♬~
で そのときに酒蔵っていうのは 帰ってきたら➡
酒を 蔵元は酒造るっていうことは ほとんどなかったんですよ
酒を造るのは 杜氏さんですから
その世界には 蔵元は入れないっていうのが➡
ちょっとした暗黙のルールだった
帰ってくれば 営業するとか ゴルフするとか
地域の青年活動に参加するとか
そんなことをすることだと 思ってたんですけど➡
十四代は 高木顕統専務後継者が➡
杜氏がいなくなったから 自ら 蔵に入って酒を造って➡
それを世に問うた それが評価を得た
十四代の成功から酒蔵の蔵元は➡
酒を造るという選択肢が 1つ増えたんですよ
そうすると楽しいんですよね
今まで農大で一生懸命 酒の実験とかやってきたのに➡
それを実践で使えなかったのが 我々の時代からは➡
それを実践で使ってもいいよ っていうことになった
♬~
♬~
♬~
(吉田)最初 僕は➡
こいつ 冗談言うてんのかな というふうに思うたのが➡
えー 初めて感じたことです
けど あのー やっぱし➡
2回 3回というふうに 彼が来て➡
酒造りしたいと言うんで
その当時 蔵人も若い人が 少なくなってきてたんで➡
それと変わった外国人が➡
酒造りをしとる ということにおいて➡
何か こう 話題性が➡
必ず起こるかな という思いもありました
最初は大変でしたよ
帰ってきて 俺が酒 造るって言ったら➡
全員が拍手喝采で やらしてくれると思ったら➡
そうじゃないんだよね
拍手喝采して やらせるのは うちの亡くなった山口杜氏だけ
山口杜氏は 俺が生まれる前から この蔵にいましたから➡
僕の おじいちゃんみたいなもんですよ
いや~ 浩介さんに 帰ってきてもらってうれしいと
もう自分が今まで こうやってきたものを➡
全部 伝えていけると もう拍手で迎えてくれたけど
うちの親父なんか 「要らねえことを言うなよ」
「造りには造りのルールが あるんだからな」
「お前 要らないこと言うなよ」 ということから始まって
で 山口杜氏さんの他にいた 年寄りの蔵人たちは➡
まあね 俺の言うこと 聞かなかったね
「いいお酒にするためには➡
ここの作業を こういうふうに改善したいんだ」と
「で 山口杜氏にも 許可 取ってるから➡
ここを こういうふうにしてください」と
「はい 分かりました」っつって 2日 3日後に行くと やってない
「あれ? 俺 こういうふうに 指示したよね」
「ええ」っつって 「あの ちゃんとやってくださいね」
「はい 分かりました」 (スタッフ)フフフ…
また3日後 行くと やってない
困ったっていうか どうすることもできない
で 彼らは職人だから➡
職人の やっぱり やってきたことを➡
急に変えるってことは できないんですよね
だから そんなやらないんだったら 俺がやるっつって➡
もう全部 自分で変えてくところは 全部 自分でやって
私が蔵に入って 2年目の全国新酒鑑評会という➡
全国の酒のコンテストですよね
私がタンク1本を 担当して造ったんですけども➡
その担当したタンクが なんと見事に金賞 取るんですよ
これ すごいことで
あと もう1つの ターニングポイントは➡
年寄りばっかりだったんで 僕が入ってきたときから➡
1人辞め 2人辞めっていうふうに なってきて
真っ白なヤツを 育てたいっていうことで➡
その当時 まだ高校卒業して すぐだった高村って男を➡
蔵に引っ張ってきて 瓶詰めやってたんですけども➡
蔵に引っ張ってきて 酒造りを一から教えて
真っ白なヤツらは 「こうやるんだよ」
「この作業は こういう理由があって➡
こうするために こうやるんだよ」と言うと➡
「なるほど」って言って やるんですよね
そういう世代交代が始まってって 金賞 取ったんですよ
あっという間に 若手のメンバーで 酒造りをスタートするような
グッと一気に変わった
♬~
♬~
♬~
♬~
♬~
♬~
♬~
彼 見て➡
こんなん世界中どこでも➡
そんな大和魂 持ってる者いんねな というのを思いましたから
♬~
♬~
(吉田)鈴木君が入ったのは➡
ある日本酒の先生の紹介で
農大出で 酒造り分かってる子が 入ってくれるのは➡
なんか こう レベルアップ➡
できるんではないかな というふうには思って
ハーパーと大介が 同じ蔵にいたときも➡
俺 よく知ってますから
大介は 僕の同級生ですから
私 梅乃宿に入ったときは 25歳だったんですけど➡
そのときは イシハラさんと一緒に やってた頭は➡
あの 会社で 23年目だったんですね
その前の蔵も一緒に 仕事してるわけですから➡
もう あうんの呼吸どころじゃない レベルの…
で 他のメンバーも みんな もう全員 ベテランで
住み込みなもんですから 3食とも➡
皆さん もちろん 一緒に食べるわけですし
例えば 新聞 読むことも➡
これはもう おやじさんから読んで 頭が読んで
で 食事も おやじさんが 箸 取らないと誰も取らない
で お風呂も もちろん順番で お風呂 入るということで
で もちろん その 最終責任者は 杜氏さんなんですけども➡
細かいところも 管理していってるのは 毎日 頭で
(鈴木)私は 酒蔵の息子なので➡
頭から仕事が全て出ていく っていうのが分かってたので➡
頭にくっつくぞって 同期のヤツに➡
頭にくっつけ まだ仕事 なんかあるぞって言ってですね
もう あだ名が 「フン」て 呼ばれてたりして
(笑い声)
(松崎)ハーパーさんは やっぱり数少ない➡
当時 日本にいた 英語圏の酒オタクみたいな存在で
ジョンが ハーパーさんに コンタクトしたんでしょ? まず
そうです そうです ジョンは もう➡
ホントにもう 何も知らないときですね まだ
で その 日本酒に興味あるから➡
行ってもいいかって言って 来てもらって
で なんか日本酒 もっと勉強したいけど➡
なんか いい手段ないかって
ですから いつもお世話になってた イベントで➡
松崎さんという人いるんで➡
紹介しますと言って 紹介さしてもらった
正直 もうすごい羨ましいですね
ジョンも やっぱり 松崎さんのとこで➡
あれを ずーっと やっぱり➡
個人講座を受けてるような 羨ましいかぎり
♬~
(チズル)どうも お疲れでございます カンパーイ
どうも ありがとうございます ようこそ
(男性)これ もう少し頂戴 (チズル)はい
いつも 1人でいらしたときに➡
この辺りで ポツーンと座って 「ビール下さい」って
まだ片言っていうか
で 私も全然 英語が できないもんですから➡
日本語と なんか向こうは英語と なんか よく分かんないけど➡
コミュニケーション 持ってたような感じです
(スタッフ) 最初の本 どれでしたっけ?
(ジョン)最初は これだったな
米の流通とか
えー 甘酒のよしあし 麹のよしあし
そういうような内容を 細かく書いてあるんですよ
♬~
♬~
お世話になります
ああ ありがとうございます
ちゃんと見ましょう あっ すごいな
♬~
♬~
♬~
はい
♬~
(男性)6番娘 玉栄でしょ これ
玉栄ですけど 酵母がね…
(男性)今年ね 少し ボトリングのやり方というか➡
絞りとかのやり方を 変えてるんですよね そうですか
せっかくだから お聞きしたいと思うんだけど
全量純米になってると 聞いたんだけど
(男性)はい 全量純米ですよ
全ての銘柄そうですか? そうです
おお
(男性)ゴントナーさん 全部 試飲したらメモるんですか?
そう そうしないと ただ飲んでる そうですね
ただ飲んでると いいんだけどな
♬~
♬~
ナイス トゥー ミートゥ ユー マイ ネイム イズ 浩介
ニューヨークに 酒を置くんだなんて 言われたときにはですね➡
いや こいつは お前 ホントに…
「カネはかかる お前の出張旅費は いつ それはペイするんだ」
そんなことじゃないと 俺は挑戦したいんだと
ただ私も そんときは若かったから➡
まず やりたいんなら 黙って 目つむってやるかと➡
いうふうなことは あの 思ってました
門前払いも 何回も食いました
レストランに言って 「これ 岩手の南部美人です」と
「このお酒を ちょっと 飲んでみてもらえますか」と
「で よろしければ➡
それで ぜひメニューに入れて もらえませんか」って言ったら➡
「南部美人? こんなん見たことも 聞いたこともない」
「うちはね 久保田とか 八海山があれば十分だから」
「帰ってくれ」っつって つらかったですよ
飲んでももらえない 話も聞いてもらえない
♬~
(女性)オイシイ ハハハ… おいしい おいしい
(男性)ん? あっ これうまい (男性)飲みやすいねえ
(男性)これ 精米だよ
(店員)これはね えっと… (男性)来ました 来ました
もう ほぼほぼ大吟醸ですね
お刺身 今日なんですが➡
愛媛の こちら 宇和島で育ててます➡
鯛一郎君という 名前のついたタイですね
(女性)鯛一郎君… (店員)はい 鯛一郎君
(森)松崎先生の勉強会の 第1期生なんですよ 私
そこに ジョンさんがいたんです
今度 外国人の人 集めて➡
日本酒の会やってみませんか っつったんです
初めて会ったときに
♬~
もう1枚 撮って
(松崎) まだ始まって 1か月半ぐらい?
(英語) 徹夜することはないの?
徹夜… ハハ…
ちょっと若いと思うよ 寝かしたら…
私が 実家に帰ってきたときは➡
南部美人では 実は二戸の米は➡
1粒たりとも 使ってなかったんですよ
で なんで そんななの っていうことで調べてたら➡
日本の食管法というものがあって
私 やっぱり地元の米で 地元の人で 地元の水で➡
地元の酒を造りたいって思いが すごくあったんですね
で そんなときに 実は 岩手県のほうで➡
新しく県オリジナルの酒米を やりますと
それを試験醸造できませんかと いう話を頂いたときに➡
それ 私 試験醸造やりたいと
(五日市)ここの地域は 太平洋のやませという➡
夏に冷たい風が吹く 地域なんですけども
で その中でも ぎんおとめは➡
順調に生育して 収量を上げることができました
普通のお米よりも粒が大きいです
栽培しやすい 品種だったもんですから➡
今は 水を張ってますけども もう少しすれば 水を切ります
グッと伸びてきた生育を 1回 止めるっていうんですか
それで 穂に養分をためるという
こう 波のある生育のしかたを ポイントポイントですることで➡
心白が出るような粒の大きい 酒米にするようにしています
お酒にすると すごく優しい味になるんですよ
ここで作られた ぎんおとめの米 全部 うちの酒になって➡
アメリカにも出荷されるんですよ
(木下)前にいてくれました 中井昭夫という杜氏が➡
私が3歳のときから ずーっと うちの蔵にいてくれた➡
杜氏だったんですね
その杜氏が平成19年に ガンで亡くなったんですよ
まさか こんなことになるとは 思ってもみませんでした
私どもも腹をくくって 辞める方向で考えてました
そんな中で 大阪の 醸造用品問屋の方なんですけれど
「会うだけでいいから➡
ちょっと会ってほしい人が いるんだけども➡
会ってもらえますか」と 連れてきてくれたのが➡
今のハーパーだったんです
「えっ この人が酒を造るの? 造れるの?」と
邪魔になるということでは ないもんね
まあ バランス取ってますから…
(木下) 今まで 私が会った人の中で➡
こんな人がいるのかなと 思うぐらい➡
日本酒に対する情熱が 強かったです
なんか面白いこと やってくれるんじゃないかな
まあ 一旦 自分自身で もう辞めるところまで➡
気持ちがいってたわけだから➡
託してみることを 決断したんですね
♬~
♬~
♬~
♬~
♬~
近代的なやり方ですと 醸造協会から➡
このガラスの瓶に 酵母が入ってて➡
で まあ それ入れるから 沸いてくるのは➡
当然なようなもんなんですけど
うちが自然仕込みという言葉 使ってるんですけど➡
その 約4割ぐらいは➡
もう酵母無添加で 造ってるものがあって
(スタッフ)無添加ってことは そのまま 置いとくだけってことなんですか
そうですね だから 実際 このタンクに➡
我々が入れていくのは 米と麹と水だけ
で あとはもう 微生物の働きで 酒になっていくんですけど
(スタッフ) 目に見えないものを信頼して➡
そこに任せて造るっていうのは なんか すごい…
怖いです それは やっぱり 時間はかかりますし➡
神経を使う部分は まあ あるのはあるんですね
養殖と天然物の違いで➡
その 味のベースである うまみというのは深くなる
山廃という手法も うちでは やったことがなかったですし
なおかつ 家つき酵母というもので➡
酒造りをしたことは 一度もなかったので
まあ 飲んだときに➡
えー ハッキリ言いまして すごく衝撃的で➡
まあ ガツンと来るという 表現でしょうか
(木下) 約7年間で お酒を造る数量は➡
約 倍になりましたし➡
売り上げ的には 3倍ぐらいになってるわけですね
日本酒の業界が1000軒以上 蔵元が まだあるとすると➡
その1000軒の中で どのくらいの蔵が➡
私と同じぐらいの そういう経験を しているかと考えると➡
すごくうれしいことだな というふうに思います
♬~
(人々の悲鳴)
私は 東日本大震災が 起こったときには➡
東京に向かう 新幹線の中におりました
で 新幹線が スピードつけてたときに➡
ドンッと音と共に 電気が消えて➡
急に新幹線が 速度 すごい出すときに➡
減速し始めてきたんですよ で トンネルに入って
福島トンネルの中に入って➡
トンネルの真ん中ら辺で 止まりました
当然 暖房は切れる 電気も消される
唯一 光ってるのは非常口の あれだけだっていうことで
とにかく寒いんですね
子供とか赤ちゃん 連れてる 女の人たちがいるんですよね
その人たちも どうすることも できなくて大変なわけですよ
そんときに 俺じゃないんですけど➡
ある新幹線 乗ってた青年が➡
自分のコートを脱いで 使ってくださいと➡
女の人たちに差し出した
いやー 俺たちもやらないわけに いかねえべっていうことで➡
若いヤツら みんなコート脱いで 女の人たちに差し上げる
寒いんですよ 俺たちね
でもね これも学んだんだけど➡
新聞紙 めちゃめちゃ あったかいんですよ
新聞 持って乗るじゃない 大体 僕らも
新聞紙を脚に巻いて➡
ケツ 腰ぐらいまで巻けるんで
やると すっごい暖房効果が あるんですよね
で 蔵に帰ってきたら➡
煙突は 上が折れて落ちてきてる
裏山は 土砂崩れになりかけてる
屋根は落ちてる 床 全部 壊れてる
たまたま このタンクは 倒れなかったし➡
ちょうど うちの瓶も いっぱい詰め込んでたんで➡
こう倒れなかった それは幸いだったんですけど
なんにもなくなった 日常品 食料品➡
ガラーンとなった スーパーの中で➡
山のように 余ってるものがあるんですね
それが何かって言ったら お酒です
日本酒だけじゃない
ビール 焼酎 ワインをはじめとしたお酒は➡
山のように余ってるんです
これはもう 酒 飲んでる場合じゃないし➡
酒って もう➡
やることできないんじゃないかと いうふうに 私は思いました
で 折しも そのころ➡
東京都知事だった 石原慎太郎さんが➡
自粛しなさいと
これだけの震災のときに 飲んで歩くなんて何事だと
そんなのはダメだと 自粛しろと
うちの売り上げの半分は 東北の売り上げですから➡
そこはもう 全部ダメなわけですよね 基本的に
どうなるか分かんない じゃ 残りの半分を➡
東京とか大阪とか九州の人たちに やっぱり売ってもらったり➡
飲んでもらったりしなければ いけないだろうと
そうなったときに 自粛しろというふうに言われて
そっちも もう どうすることもできない
震災のときは 仕事をしてまして
で ちょうど そのときは事務所にいて➡
事務員が 東京のお得意先で しゃべってて➡
すごい地震になってるとか っていう話になって
で テレビつけてみて ああいう状態で➡
すぐ そこは 危ないだろうということも➡
瞬間的に分かったもんですから 電話かけるんですけども➡
その瞬間に もう 当然 携帯はつながらない状態で
♬~
大介とは 連絡が全く取れなくて
俺はもう 死んだと思ってました
だって 日本で一番 海に近い蔵ですから
場所もロケーションも 僕 全部 知ってましたから
(男性)はい はい ありがとうございます
はい はい すいません ありがとうございます
(男性と鈴木の話し声)
(鈴木)ようやっと ここ 片づけが始まったんですよ
津波で残ったのは➡
ホントに数少ない建物しか ないですね
ちょっと あの建物の2階に 行ってみますか
(スタッフ)あっ いいんですか? 大丈夫ですか?
(鈴木)ここに 大体 400中盤ぐらいの➡
戸数があったんですけど というか 浪江町全体で➡
180~182だか184人 亡くなってるんですね
今回 来てビックリした 竹が すごい生えてる
ハハハ… もともと竹やぶだったとこが➡
また復活してきた
そのうち みんな ささやぶになっちゃいますね ここ
♬~
今日も凪です ハハハ…
ホントに波がないです かわいい波で ハハハ…
で うちの食らったのが➡
大体 あそこ コンクリの2階部分が崩れてる➡
建物が2つありますけど➡
ちょうど その間の東側 あの堤防の下側なんです
で 私の友人も仲間も いっぱい死にました
1人はもう とにかく… 消防士でした
陸前高田の 消防士だったんですけども
堤防に向かって➡
津波が来るから 門を閉めなきゃ いけないっていうことで➡
堤防に向かって走ってって 津波にのまれて死んだヤツ
で もう1人は 私の大の仲良しだった➡
トモっていうヤツなんですけども
会社のヤツらを 全部 逃がしたんですよ
津波が来るから逃げろっつって 逃がして
で 本人も逃げたかと思ったら➡
本人は 小っちゃい子供がいたから➡
奥さんと子供を 迎えに行ってしまった
従業員全員 助かってんのに そいつだけが助からなかった
家族ごと流された
ここ まっすぐ突き抜けていけば そうなんですよ
大丈夫ですか? (スタッフ)はい 行きましょうか
♬~
仕込蔵が1棟 あと 貯蔵蔵が2棟
こう 横に 縦にですね 2棟あったんですね
♬~
(鈴木)振動というか 地鳴りが すごかったんですよ
みんなで蔵の中から出てきて➡
大体 この辺ですね
この辺で みんなで避難して
ここ ちょうど 建物が抜けてる所なんで
そしたら重いのが倒れてくる
蔵も なんとか もってくれたんですけど➡
ただ 中のほうは もう すごい状態で
3時20分ぐらいですかね 腰上ぐらいの波が来たのは
そのあとに 10分か20分の間で➡
さっき言った松の木を 越すぐらいの津波が来て
(スタッフ)じゃ 蔵で はぐれた人で犠牲になった人は…
(鈴木)ああ 大丈夫でした
すぐ うちは水際なので➡
すぐ前の川の状態と 海の状態 見て➡
もう ただ事じゃないっていうのは 分かったんですけど
やっぱ ちょこっと 内地に入ってしまうと➡
その情報っていうのは 伝え聞く以外ないので
実際に逃げ遅れてる人たち っていうのは➡
ちょっと あの 内地の人ですかね
結構 花って その場所で咲いてる 大したもんだね
で 私のほうもズルくて
もう これをきっかけに 酒蔵 辞めてしまおうかと
借金も いっぱいあるし 今だったらば➡
辞ーめたって言えば その借金も➡
棒引きにしてくれんじゃ ねえかとか
子供と奥さんを… まあ 福島の話もあったし
あんときは分かんなかったから
このまま ここに置いとけば 放射能被害に遭うんじゃないかと
もう これをきっかけに 静岡に➡
帰したほうが いいんじゃないかとか
(鈴木)煙突が 第一原子力発電所の排気筒
あと そっから左に伸びてるのが 第一原子力発電所の港 岸壁ですね
♬~
(鈴木) 3月のときに戻ったときに➡
なんか ずっと こちらにいたんですよ
この階段は 普通の上り方とは あんまり変わってないんですけど
上がってくるときに➡
こう 体に刻んでるリズムって あるじゃないですか
で 「あれ なんか 上ってきた」っていう
「あっ 帰ってきた」っていうか 自分で そういう認識あって➡
上がって ここ見たら ガーッてなってたんで
なんか それは すごく…
体が覚えてるリズムっていうのは ちょっと残酷だなと思ってですね
(アナウンス)こちらは防災浪江広報です
立ち入りの時間は 午後4時までとなっております
なんか 亡くなってる人にね➡
景色が どんどん ひどくなっていくんで➡
申し訳ないですね やっぱり
♬~
♬~
まあ その トモの遺体が あがったと 3月の末に
火葬だから 俺らは 喪服を着ていきました
黒いスーツ 白いワイシャツ 黒いネクタイ
いわゆる 通常時の火葬の形で行った
トモのお父さんは ジャージーでした
何日も 避難から着てる
俺ねえ ホンットにね➡
そのとき 今でも鮮明に覚えてるけど➡
ホント自分が許せなかったね
情けない 何やってんだと
でも 心の中ではマイナス思考で もう会社も潰れるんじゃないか
家族も逃がして そこだけでも➡
幸せに暮らさせたら いいんじゃないか
もう とにかく ネガティブになってる中で➡
トモのお父さんは 1粒も涙 流さない
それで しっかりトモを送って 火葬して➡
そのあと最後に ひと言 挨拶したときに➡
トモのお父さんは➡
「トモは残念ながら 死んじゃったけど➡
あなたたちは トモと一緒に 岩手を よくしてこう」
「自分の町を よくしてこうって 集まった仲間だろ」と
「あんたら 生きてるだろ」と 「命があるだろ」と
「あんたらがやんなきゃ 誰がやるんだ」と
「生きてるんだったら 前向いて行け」と
俺たち ホントもう みんな 心が落ちてて
気持ちが落ちてて
逃げよう できることなら 今の現実から逃げちゃおうって
すっごい自分が こう 自分のことしか考えてない
そんときに お父さんは そういうふうに言うわけですよ
俺たち 何やってんだと
そこで ホント気持ちが ここまで落ち込んでたのが➡
その トモの火葬からグーッと もう急上昇してくんですよ
絶対 何か自分ができることを 今すぐやろうって話になって
あの 飲食店の友達は➡
「もう こんな客なんか 俺は待ってない」と
「もう ある材料 腐らせるだけだから➡
全部 持って 俺は沿岸部に行く」って➡
すぐそばの沿岸部に行って 「ずっと炊き出しやる」っつって➡
ある材料 全部 持って 炊き出しに行った
もう いろんなヤツらが そっから 行動に うつしてくんですよ
じゃ 俺 何するんだと
岩手県二戸市で➡
南部美人というお酒を 造っております
五代目蔵元の久慈浩介です
今 私は日本酒の酒蔵の中でも ツイッターとか➡
フェイスブックとか ブログとかも含めて➡
情報発信を すごく自分でも➡
上手にやってる蔵だと 思ってたし➡
それが 僕の取り柄の1つだと 思ってた
このままでは 我々 経済的な二次被害を…
3月の末から 4月の頭っていうのは➡
もう企業は一切 テレビに CM出してないんですよ
CM出すことが もうマイナスだから
そこの中で 企業の名前を出して 何かをしゃべるってことは➡
リスク以外の 何物でもないんですよ
でも そんときの僕は そんなの リスクじゃないと
トモの火葬から 怖いもの 何もありませんでしたから
日本酒を飲んでいただくことで➡
我々 東北を応援していただきたい
だから お花見していただくことは 我々にとっては…
ありがたい
それが たまたま テレビとかに映って
でも最初は 最初のころは 「お前ら 何 言ってんだ」と
「酒 飲んで 酔っ払えなんてのは 非常識だ」とか言われた
文句も何件かありましたけど➡
そんなの飛び越えて どの番組でも どのコメンテーターも➡
そのとおりだと 東北のもの食べて 応援しようよと
花見しようよと➡
いうのが ほとんどのテレビ局で 1週間から10日かけて➡
英国BBCも 取材に来ましたし➡
ニューヨーク・タイムズも 取材に来ました
そういう中で広まってって➡
その形は 東北の応援消費という➡
新たな震災復興のジャンルを 作りました
これは 阪神大震災でも➡
中越の震災でも こういうことはなかった
被災地のものを食べたり 飲んだりすることが➡
間接的だけども 応援につながるよと
で そんときに いっぱい頂いた声の中で➡
一番多かった ひと言っていうのが 「それならできる」だったんですよ
何かをしたいけども やれない人が 日本中に あふれてたんですよ
♬~
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(話し声)
あとから ぜーんぶ うちの親父は 結局 反対するけど➡
それがうまくいくと➡
「輸出をやってないような蔵は➡
やっぱり厳しいよ」とか言って 歩くし
まあ でも親父の言うことは もう ごもっともで
そんな無理をするなと そんな危ない橋を渡るなと
だから 僕がアクセルだったら 親父はブレーキだったわけですよ
それが うまーくかみ合って 今ここまで こう来てる
あんまりブレーキばっかり 踏んでると➡
もうエンスト起こしちゃう ハハハ…
私は あの 浩介に 条件 一切つけてません
私の考えでは もう この時代についていけません
だから あの 新しい感覚で 新しい市場で➡
どうやっていくか っていうことが➡
新社長と うちの常務たちが 考えてきてくれて
もう一切 任してあります
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今の こんな難しい時代だからこそ➡
ある程度 ちゃんと帰ってこれる場所を➡
僕は作っておきたい っていうことですよ
南部美人という この場所を 用意してあげたいなと
(スタッフ)息子さんの今の夢は 何なんですか?
プロ野球選手になることですね で 大リーガーになることです
だから言ってるんです 僕は 「なれ」と
全て自分のやりたいことが 終わって➡
もしも気が向いたら 蔵に来ればいいよと
それまでは好きなことを 自由にやっていいよと
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久慈家の今まで刻んできた 123年の歴史➡
僕まで五代 続いてきたその魂を どうタイヨウに伝えていくか
で それをタイヨウが 次に つないでくという➡
決断をしてくれるのかどうか
ただ 重たい覚悟なので➡
あんまり早くに その覚悟する 必要はないと思ってますけどね
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鈴木君はもう 昔から日本酒に熱いんですね
彼は日本酒というものは すごいと思ってるんですね
あんだけ大変なことになっても 地域 変わっても➡
彼は その サラリーマンになって➡
その 家族を守るとかじゃなくて➡
どうしても 日本酒で表現していく…
もちろん その ここに地名も入ってるんで➡
やっぱり地元の皆さんに対しての 思いもあって➡
彼は それを 表現しようとしてるんやけど
その 蔵が動いてからの中で これは➡
いろんな偶然のタイミングも あるかも分からんけども➡
すごく これはおいしいなと思って
彼の表現したいこと 一番感じた酒かなと思ってる
ありがとうございます (松崎)アハハ… どうも
燗が上手な人 大好きです (松崎)いや ホントそうですね
ありがとうございます
(松崎)うん
うん ああ いいですね
冷やより燗がうまい
浪江で造ったときの➡
あの 「土耕ん醸」っていう酒に やっぱ ちょっと似てるんで➡
なんか すごくホッとする味です
(一同)カンパイ!
(男性たち)カンパイ!
(久慈たち)カンパーイ!
(久慈たち)カンパイ カンパーイ!
(女性)カンパイ カンパイ
(チズル)カンパイ 本年も よろしくお願いいたします
どうも ありがとうございます
おいしい
(人々)カンパーイ!
(人々)お疲れさま カンパーイ!
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