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(朝霧(あさぎり)) お歯黒どぶに囲まれた吉原で 生まれ育ち
ただ ひたすら―
男に抱かれ続けた
どんなに抱かれても―
心が疼(うず)いたことはない
気が付けば―
生きることの道筋をなくしていた
あたしの前にも後ろにも―
何もない
何もない道には―
花も咲かない
(半鐘の音) (朝霧)天保8年 吉原全焼
女郎が男と足抜けするために
吉原に火をつけた
(駕籠(かご)かき)エイッホ エイッホ (妓夫)さあ 急いだ急いだ
(妓夫) エッヘッヘ
さあさあさあさあ!
おうおう もうすぐだよ
(八津(やつ)) 朝霧姉さん こっちだよ
(江利耶(えりや)) あんた 火事で焼け出されたの 初めてじゃないだろ
(朝霧) 久しぶりだね 吉原の外
(八津) 私 年が明けるか身請けされるまで 一生無理だと思ってたよ
(若耶麻) まさか火事で出られるとはね
(絢音) ほんとにねえ
何かいいことあるかも
そうね あるといいね
あったー!
(妓夫) おーい お!
(妓夫) 着きやしたよ! エッヘッヘ
(八津) 妓楼(ぎろう)の建て直しまで―
この仮宅(かりたく)で営業かあ
(妓夫)おうおう 入った入った (禿(かむろ)たち)はーい
(町民) 汚らわしい
(妓夫) お着きですよ さあさあさあさあ
あんたたちの旦那は喜んでるさ
(町民)何をおっしゃるのかねえ (妓夫)ほら いいからいいから
べえ~!
(町民) こんな店
(客引き) さあさあ 山田屋でござい~
ああ 旦那!
中 入ってください 見てやってくださいな ねえ
おおお~ 粋な兄さん
ねえ 今宵は 極楽浄土へと ねえ!
(客引き) ねえねえ兄さん 寄っていってくださいな
ねえ!
この張見世(はりみせ)
寒いったらありゃしないね
誰でもいいから―
早く客ついてくれないかしら
(若耶麻) ちょっと旦那 おいでなんし
待ちなんし
どうせなら ここから連れ出してほしい
はあー 間夫(まぶ)と足抜けなんて いいなあ
(江利耶) バーカ
とっ捕まったら島流しだよ
(八津) 干からびた薄情女に 色恋は分からないさ
ねえ 姉さん
あたしにもよく分からない
(八津) 姉さんってたまに 生娘に思える時があるね
何 言ってんのよ
(妓夫) 朝霧さん お支度~
(キセルをたたく音)
(妓夫) ささぁ どうぞ 二階の間へどうぞ
(客)どうも (妓夫)へへ
お客様 お二階へお上がり~
へへへ へへ
朝霧さんの体に咲く 花が見てえって客ですぜ
こんな花でよければ
いくらでも咲いてみせますよ
エッヘッヘ
(客) はあああ…
これがウワサの―
体に咲く花か
(客) あああ~
もっと…
花咲かせておくんなんし
もっと
もっと…
(鐘の音)
次はいつ来てくれなます 待っていんすにえ
分かってるよ うん
なあ 朝霧
やっぱり もうちっと…
よしなんし
もう お帰りなんし
ねえ げんさま
ん?
うん
(客)またね (朝霧)ウフ
(客) ハァ…
ねえねえ 姉さん 今 何て言ったの?
フフ
“気をやったのは あんたが初めてよ”
(朝霧・八津の笑い声)
(鳥のさえずり)
(一同) 廊下で騒ぎますまい
つまみ食い致しますまい
寝小便致しますまい
お客人を大切に致しましょう
(女将(おかみ)) 火の用心 火の用心
大切は 大切は
上々様(うえうえさま)方へご奉公ご奉公
お客人様 大切は大切は
(二拍手の音)
わいらが親を孝行にして やった代わりの奉公だぞ
よろしい 行って御供(ごくう)をいただけ
(一同) おありがとう存じ奉ります
(絢音) ほんとヤになっちゃう あの客
しつこくて チュウチュウチュウチュウ…
(江利耶) 何 言ってんだい
あんたには あのひょっとこ みたいなのがお似合いだよ
(絢音) ああ?
(若耶麻) 身請けされて夫婦になっちまえば いいじゃないか
(一同の笑い声)
姉さん
(八津) 姉さんに見せたいものが あるんだ
ちょっとこっちへ
どうしたの? 八津
姉さん 起請文(きしょうもん)もらったんだ
年が明けたら夫婦になるって 書いてあるだろ
ほら
大島屋様の血判だって ここに
こんなの 間夫を 気取ってるだけだろ
姉さんの意地悪
八津
男の言葉を信じちゃいけない
痛い思いをするのは 女の方なんだよ
そんなこと言って
姉さんは男に気をやってるって 評判じゃない
(八津) だから男が離さないんだろ
これまで―
気をやったことなんて 一度もないよ
(祭りばやしの音)
(廊下を駆けてくる音)
(八津) 朝霧姉さん
八幡様にお店が出てるよ 一緒に行こう
行かないよ 寒いし
行こうよ
八幡様 仮宅の今でしか 出られないんだよ
やだ
ぎやまんの光る玉もあるんだって
行こうよぉ
(祭りばやしの音)
(八津) きれい
ぎやまんの光る玉のお店は どこだろう
あ! あすこじゃないの?
“蜻蛉(とんぼ)玉”って見えるよ
あ! 姉さん 早く~
待って
(朝霧) はしゃぎすぎだよ
(男1) ちょいとゴメン どいたどいた
(男2)あー もういいよ (男3)ちょっと どいてくれよ
(男4) あー そいや!
イタ…
ああ…
(朝霧) 吉原の外だって―
どこにいたって
何も変わらない
(阿部屋半次郎(あべや はんじろう)) 大丈夫か?
ケガはなかったかい?
下駄が片方 脱げちまって
よし もう片一方 探してきてやる
ここで待ってな
(朝霧) え?
(半次郎) 足 出しな
ありがとう
あんた この下駄どこで?
もらったんですよ 奇麗でしょ?
(半次郎) この鼻緒の友禅 俺が染めたんだ
京で
(朝霧) え?
牡丹は赤だろうってんで 売り物にならなかったんだよ
まさか あんたの下駄に なってるとはな
手 どうした?
見せてみな
(八津) 姉さん
一体どこいたんだい?
捜したんだよ
ごめん はぐれちゃって
(八津)何かいいことあったの? (朝霧)え?
(朝霧) 別に
ひとりでニヤついてたよ
(朝霧) そんなことないって
(八津) ふ~ん
(八津) あ…
かんざし
(朝霧) ん?
ほんと
転んだ時…
(八津) 怪しい~
(朝霧) 何もないって!
(八津)ますます怪しい (朝霧)八津!
(八津) アハハ
はい これあげる
ぎやまんの光る玉
フフフ…
(障子戸が閉まる音)
(鳶(とび)の鳴き声)
(客引き) さあさ お客さん
もういい加減にみさし
顔へ格子の跡がつきやすぜ
さあ どっちにしやす?
(客) ここもおぼこいんか?
(客)はああああ~! フフ (朝霧)フフフフ フフ…
わしが花 咲かせたるで なあ~
(客) はああ~ん
(喘ぎ声)
ハアア そないにええか?
(客) ほうか ほうか
かわいいやっちゃ
行くで
よっしゃ ほなな
(客)んん… ンン (朝霧)ああ
あった
何だ また下駄なくしたのか
フフ
何かおかしいかい
いえ 朝が随分お早いと思って
別に俺は…
元々は職人だからな
朝は早いのん
あんたこそ
あたしは下駄じゃなくて
今日は これを探しに
(半次郎) 珍しい
切れ咲きの朝顔か
朝顔にもいろいろ 花の形があるんだよ
この細工は―
花びらに5つの切れ込みの入る 切れ咲きだけど
ここいらで見かけるやつは 丸咲きって花が丸く咲く
詳しいんだね
誰かいい人にもらったのかい?
違うよ
(朝霧) 返して ハハ
いや わざわざ探すくらいだから
(朝霧) ウフフ
髪結(かみゆい)の弥吉(やきち)ってじいさんに もらったの
だから申し訳なくて
俺が直してやろうか?
直せるの?
元通りってわけには いかねえけど
使えるようにはしてやるよ
ほんと?
ああ よかった
3日後の同じ刻に またここで
何で笑うの?
あんたが―
飴玉(あめだま)もらった子供みてえな 顔をしてるからさ
3日後か…
(鐘の音)
(三味線の音)
(弥吉) 何かあったんですかい?
三味の音色で分かるんですよ
何かを忘れたい時に―
一心不乱に たたくように弾く
霧里(きりさと)さんもそうでした
ねえ 弥吉
霧里姉さんには惚(ほ)れた男いたのかね
さあ どうだか
あっしが聞いたのは 弟さんの話ばかりでした
そうだったね
(やすりの音)
さ~む!
(朝霧)甘酒でも飲んでく? (八津)うん!
扇屋の売れっ子が 身請けされたんだって
やっぱ大見世は違うなあ
私も早く大島屋様に身請けされたい
姉さん あと1年で 年が明けるんだろ?
どうするんだい?
(朝霧) さあ どうしようかね
あたしは生まれた時から 吉原だから
外のことは よく分かんないんだよ
姉さんのおっかさんも お女郎だったんだよね?
羅生門河岸(らしょうもんがし)の下級女郎さ
あんなふうにだけは なりたくない
ごちそうさま
(客引き) 中はあったかいですぜ
あ…
大島屋様
あたい まんじゅうが食べたいよぉ
(大島屋卯之助(おおしまや うのすけ)) う~ん ハハハ~
(2人の笑い声)
(八津) 大島屋様! 待って
卯之助さん…
(八津)待って 行かないで (江利耶)八津…
(江利耶) みっともない
私がここにいるの 分かってるくせに…
ああ…
何で…
(八津) 卯之助さん 何で…
(朝霧の母) 何で…
何で逃げんだよ
何で いなくなんだよ
エフッ ゲホゲホッ
(泣き声)
(朝霧の母) あの人が…
あたしを置いて どこへ行ったのかって聞いてんだよ
(江利耶) いつまでも メソメソしてんじゃないよ
(八津) うるっせえんだよ クソババア
(江利耶) いてえんだよ ふざけんな
(江利耶) あんな男 ほっとけ
(八津) よけえなお世話なんだよ
(江利耶) うるっせえ お前
本気んなってんじゃねえよ
(若耶麻)八津! やめなさいって (八津)あんたに何が分かんだよ
(妓夫)旦那 (主人)こらあ!
(主人) お前たち 何をやってんだ
(妓夫)こら やめなさい (主人)やめろ
(一同の叫び声)
(朝霧) 八津?
(八津) 姉さん…
寒い
おいで 一緒に寝よ
(八津) 姉さん
姉さんの言う通り
男の言葉なんか信じちゃいけない
そんなの分かってるんだ
でも信じたかった
(八津の泣き声)
お願い 朝までひとりにしないで
どこにも行かないよ
(鳥のさえずり)
はあ はあ…
いるわけないか
はあ…
(シノ) 半次郎さん
(女将) ちょっといいかい?
あんたまさか はらんだんじゃないだろうね?
月のものがひどいだけ
ならいいけど
仮宅の時ぐらい大目に見てやろうと 思って黙ってたんだけど
外で間夫を作ったりなんかしたら 容赦しないよ
まあ寝込んでるぐらいだから―
はらんだか 男に袖にされたかと 思ったんだけど
袖にされたんだね
(女将) アハハハハ
股開かざる者 食うべからず
(障子戸が閉まる音)
(絢音) ぬけぬけとうちに 揚がりたいだって?
鞍替えの現場を みんなに見られたのに
はあ 図々しい
あっ 江利耶姉さん
何だい?
(若耶麻) 茶屋から大島屋の差し紙が 八津へ
(絢音) やっぱり女将に相談した方がいいよ
バカ そんなこと言ったら 行けって言うに決まってるだろ
(妓夫) ああ 大島屋様 困りますんで
(大島屋)八津 八津! (妓夫)困りますって
(大島屋) 八津!
茶屋で待っていると 知らせたはずだろ
あんた どの面下げて来たんだよ
うるせえ 引っ込んでろ!
八津 揚がるぞ
(妓夫) 大島屋様 お帰りください
(大島屋)うるせえな! (朝霧)あいすみませんが
(朝霧) 揚げるわけにはいきません
俺は八津に用があるんだ どけ
あんた
よその女郎連れて うちの前 通りましたよね?
それなりの覚悟ってのが あったんじゃないのかい?
女郎が偉そうなこと 抜かすんじゃねえ!
女郎にも息張りってのが あるんですよ
座敷遊びも心得ん人に うちの暖簾(のれん)がくぐれるもんか
岡場所なり風呂屋なり行って
一発五文の鉄砲女郎でも 買ってきな
(江利耶) そうだそうだ 早く帰れ!
あんたの来るとこじゃないよ
(絢音) とっとと帰れ!
(江利耶) ふざけんじゃないよ
あんたの相手なんか誰がするもんか
(若耶麻) 来るな!
(絢音) いい気になってんじゃないよ
(一同の笑い声)
(江利耶)今の顔 見た? (絢音)見た! アハハハハ
(八津) 姉さん
夕べはありがとうございました
(朝霧) 何よ 改まって
カッコよかったなあ
“一発五文の鉄砲女郎でも 買ってきな”
(朝霧) そんな 投げつけてないって
(八津)姉さん 粋だったよ (朝霧)やめてよ
姉さんの年明けが早いのは 間夫を作らなかったからだもんね
そういうのに縁がなかったから とかじゃなくて
女郎としての息張りだったんだね
男に屈しない 男に惚れないって
やめてったら
(女将) 朝霧 入るよ
(障子戸が開く音)
(女将) 今日は宴会が入ったんだよ
宴会って誰の?
(女将) 織物問屋の吉田屋様
フン… さあ起きた起きた
(女将)弥吉 後は頼んだよ (弥吉)へい
身請けした霧里さんが死んで まだ半年だっていうのに
ちょうどよかったよ
霧里姉さんのこと 聞いてみたかったから
よしましょう
いや…
遊びに来た客に野暮ですよ
(三味線と太鼓の音)
(妓夫) 朝霧さん お入り~
(吉田屋(よしだや)藤衛門) おお 朝霧
待ち焦がれてましたよ ハハハハ
吉田屋様 お待たせ致しました
(吉田屋) ああ~ さあ 早くこっちへ
(吉田屋の笑い声)
(朝霧)吉田屋様ったら (吉田屋)うん?
近頃 全然 呼んでくださらないんだもの
アハハ すまなかったね
私も少しばかり忙しくてな フフフフ
(八津) 吉田屋様
こちらの男前はどなた?
(吉田屋) ああ
(半次郎) 阿部屋の… 半次郎といいます
(八津) 半次郎様
はじめまして 山田屋の八津と申します
あちら 姉女郎の…
朝霧です
(吉田屋) 阿部屋さんは京から行商で来てて まだ知り合ったばっかりなんだが
若いのに目利きがいい
(吉田屋)フフフ (半次郎)恐れ入ります
南蛮の珍しい飾り布が 手に入ったんですが
こうやって 飲みに連れてきてもらったら―
もう買いたたかれたも同然です
(吉田屋・半次郎)ハハハ
(吉田屋) 察しがいい アッハッハッハッハ
(小菊(こぎく)) ♪ 寝ても
♪ 覚めても
♪ 忘れぬ
♪ 君を
♪ 焦がれ
♪ 死なぬは
♪ 異なものじゃ
朝霧 もっとこっちへ来なさい
はい
そうじゃないよ
ここだよ
ハハハ ほうら! う~ん!
もう~
フフ おいおい どこへ行くんだい
ハハハハ
ん~?
あまり楽しそうじゃないねえ
ああ そうだ
いつもの二人羽織をやろうか
もう 吉田屋様ったら こんな場所で…
あいや~
(吉田屋) アハハハハハ
もう少し~ お酒を
アッハハハハ
飲みましょうかいな~
(吉田屋の笑い声)
(朝霧)ゴホッ (吉田屋)おいおいおいおい
朝霧
いけないね~ こんなに汚しちゃ
んん~?
アハハハ
(朝霧の嫌がる声) (吉田屋)あ~ん あ… んん
(吉田屋) フフフフフ
朝霧を水揚げしたのは私なんです
仕立て下ろしたばかりの 襦袢(じゅばん)を着た朝霧の肌に
アハハハ 最初に触れたんですよ
(吉田屋) フフフフフ
(芸者) 阿部屋様 私にも注がせてくださいな
まあ どうぞ
小菊姉さん もうひとつお願いしますよ
フフフ
(朝霧の苦しげな声) (吉田屋の笑い声)
阿部屋さん この子ねえ
肌に花が咲くんですよ
花… ですか?
(吉田屋) んん!
(朝霧の荒い息)
(吉田屋) 桃色が綺麗でしょう
ハハハハ…
でももっと奇麗に 咲かせられるんだよな 朝霧
んん~?
(吉田屋)朝霧~ (朝霧)ああ…
(吉田屋)ハハハハ ほうら (朝霧)ああ… ああ… あ…
ほうら
(吉田屋) 朝霧…
ああ…
ほら ほら ほうら
ああ…
どうした?
(吉田屋)んん! (朝霧)ううっ!
ほら~
顔を見せておあげ
阿部屋さん 江戸の女は 初めてなんだから
(吉田屋) ほうら!
ああ…
(芸者) ほんとに吉田屋様は 朝霧をかわいがりすぎて困ります
(吉田屋) どこだ 朝霧
どこだ?
(2人の喘ぎ声)
(朝霧) ああ… ああ… あ…
(吉田屋) んああ!
奇麗でしょう
(吉田屋) ハァ… ンン…
(朝霧の嫌がる声)
(吉田屋)うう! (朝霧)ああ!
(吉田屋の喘ぎ声) (朝霧の泣き声)
(朝霧の喘ぎ声)
よかった
姉さん 気分はどう?
あたし…
どうしちゃったの?
覚えてないの?
泡吹いて失神しちゃったんだよ
あの人は?
半次郎さん…
ああ…
姉さんが失神した後 吉田屋様に 私を抱けって言われたけど
“実はもう懇意にしている女が いまして―”
“裏切ったら首を絞められて 殺されてしまいます”
なーんて甲斐性のないこと言ってさ
大引け前に出ていっちまったよ
姉さん あの半次郎ってのと 顔見知りなの?
会ったばかりだよ
そう
(八津) 私 少し寝かして
姉さんが心配で眠れなかったから
そんな目で見ないで
フフッ あたしは女郎だよ
あんたもあたしを抱きたきゃ―
店に来て買えばいい
約束の…
どこへでも行って 待ってる女のとこでも
裏切ったら 首絞められるんでしょ
さっさと行けば?
行かないで!
行かないで…
(朝霧の泣き声)
(朝霧) 女郎だった母親は―
男にだまされてばっかりで
その度にあたしは折檻(せっかん)されてた
やめて
(朝霧) やめて
(朝霧の叫び声)
やめて!
(朝霧)ああ! やめてー! (朝霧の母)ああ!
(朝霧) あたしが7つになった時―
母親は病気になって死んでね
吉原のお歯黒どぶに投げ捨てられた
折檻されてたせいか―
あたしの体…
体温が上がると肌が赤くなって
(朝霧の鳴き声)
(朝霧) 花が咲いたみたいになるの
(朝霧の鳴き声)
(朝霧) 姉さんに出会ったのは そんな時
(霧里) いや 珍しい
(霧里)この子… 肌に花咲いてる (朝霧の泣き声)
あんた どこの子え?
(泣きじゃくる声)
(朝霧) それで 姉さんに拾われて
今の山田屋に引き取られた
これでもあたしは 恵まれてたと思ってるんだ
姉さんに拾われたんだから
でなきゃ 母親みたいになってただろうね
どんな姉さんだったんだい?
何もかもが あたしとは正反対
美しくて 凛(りん)としてて
そういえば
姉さん あんたと同じ 京から来た人だよ
あたしは要領悪いから―
芸事だけはしっかり身につけろって たたき込まれて
内八文字(うちはちもんじ)の踏み方まで教えてくれた
内八文字?
吉原の花魁道中(おいらんどうちゅう)は
外八文字(そとはちもんじ)なんだけど
女らしくなくて下品だって
(朝霧) 奇麗だったなあ 姉さんの花魁道中
あたしもいつかあんなふうに 道中したいって憧れてた
あんたはやらなかったのか
そのあと 吉原の道中に 規制がかかって
やりたかったか
そりゃあね 端くれでも吉原の女だからさ
あたしはあと1年で 年が明けるから―
このまま夢で終わるんだろうね
ねえ
少しは あんたの話も聞かせて
似たようなもんさ
親に捨てられて
姉は… 女郎屋に売られた
俺は流れ流れて 今の阿部屋に拾われ―
京友禅の染め物職人になって
今は 目利きとしても働いている
あんたの染める着物は奇麗だろうね
あたしのこと―
誰も知らないところで暮らすんだ
畑仕事でもしながら おさんどんなんかも覚えて
“朝霧”じゃない人生を始めるの
まさか姉さん 間夫でもできたのかい?
フッ バーカ
1日でも早く年が明けるよう 今日も頑張ろうって話さ
(吉田屋) うーむ 良い品だ
ありがとうございます
(吉田屋)阿部屋さん (半次郎)はい
あなた 私のことを随分と 探りまわっていたようですね
あっ… 探りまわっていたなんて とんでもない
(吉田屋)フフフ (半次郎)私はただ…
吉田屋様と商いをしたいがため 何とかお近づきできないかと
いや 私も商売敵が多いもんでね
他意がなければいいんですが
全くございません
アッハハハ それなら安心しました
(吉田屋) いや ひとつ相談したいことが ありまして
何でしょう 私にできることであれば
あなたを私に紹介した シノのことなんですが
どうです? シノと所帯を 持つ気はありませんか?
いや せんだっても言いましたが
私には懇意にしてる女がいまして
ほう…
私は それがシノのことかと 思ったんですがねえ
あなたのことは よく聞かされていましたから
違うんですか?
違います
それなら懇意にしている女が ありながら
シノのことを 手籠(てご)めにしたわけですか?
まさか 手籠めになんて していません
シノはあなたのことを 好いています
その気持ちに乗じて 私に近づくために―
シノを利用したのであれば
許しませんよ
それは誤解です
私はシノさんに指一本 触れていません
ハッ… フフ
シノはそうは言っていません
ハッハハ
(吉田屋) 若いのに目利きも確かだし 扱ってる品も良い
(主人) はい
(吉田屋) おまけに男っぷりもいいときた
ハッハハハ
ぜひ うちもごひいきにさして いただきます
(吉田屋) はあ…
阿部屋さんはねえ
私の遠縁にあたる娘と 近く祝言を上げる予定なんですよ
(主人) ほう それは おめでとうございます
(吉田屋) フフ ありがとうございます
それで話というのは…
実は朝霧のことなんですが
朝霧
はい
(吉田屋) 朝霧を身請けしたい
(主人) いや しかし…
(吉田屋) 霧里を身請けして すぐにというお気持ちは分かります
霧里を死なせてしまったことは―
本当に…
申し訳ない
(主人) い… いや
(吉田屋) 朝霧は霧里が育てた女郎
そして水揚げしたのは この私です
これも何かの縁
どうぞ 朝霧を よろしくお願いします
(主人) 朝霧!
姉さん おめでとう
よかったね
私 うれしいよ
八津
吉田屋様もお待ちだよ
じゃ また後でね
八津が泣いてどうすんだよね
(弥吉の泣き声)
弥吉までどうしたんだい
いえ…
何でもありません
今日は阿部屋さんの祝言と 朝霧の身請けを祝う―
めでたい席です
どうぞ
皆さんでこれを
(一同) ありがとうございます
(三味線と歌)
吉田屋様 まずはおひとつ
いつもいつもお心遣い ありがとうございます
ハハハ
朝霧
(半次郎)朝霧 (朝霧)出てって
(半次郎)話を聞いてくれ (朝霧)出てって
(朝霧) 出てって
出てって 出てって
出てって
あんたを信じたあたしが バカだよ バカ!
バカ!
身請けはさせない 俺も祝言なんか上げやしない
そんなの無理に決まってんだろ
吉田屋の本心を 聞き出すためには―
こうするしかなかった
霧里は…
俺の姉さんなんだ
♪ 並木駒形
♪ 花川戸
ちょっと小耳に挟んだんですが
うん?
吉田屋さんは以前にも
山田屋さんから 身請けしたことがあるとか
ああ…
身請けしたんだが すぐに労咳(ろうがい)で 死んでしまったんですよ
長い苦界(くがい)の勤めで病魔に むしばまれていたようで
可哀想に…
可哀想… ですか? 女郎が?
アハハハハハハ
♪ 花の吉原
ちょっと席を外しなさい
(吉田屋)おい! (手をたたく音)
みんなもだ
(ふすまが開く音)
(ふすまが閉まる音)
(吉田屋) 阿部屋さん
どういう意味ですか
身請けまでして労咳になられたら
私だったら―
すぐに追い出しますね
さすが私の見込んだ男だ
(2人の笑い声)
女郎など家のことなど 何もできんし―
大概は貧乏な村から幼い頃に 売られてきたから世間も知らん
(2人の笑い声)
(吉田屋) 吉原の外じゃ ねや事以外 全く役に立たんよ
ハッハハハハ
(半次郎) それなのに―
なぜまた身請けするんですか
(吉田屋) フッフフ 商売道具として使うんだよ
しょせんは股を開いて男の精を 抜くことしかできやしないんだ
フフフフ
(半次郎) 商売相手に抱かせるわけですか
そうそうそうそう
その方が手軽で安上がりだろう
吉原へ連れて行くより
相手方だって 元吉原の女郎と知れば喜ぶ
(吉田屋) 結果 うまい具合に 商いが成立するってもんだよ
ハッハハハハ
これまでだって かなりの銭を費やしてきたんだ
しっかり元を取らんとな
フッフフ
(吉田屋)アーハッハッハ (半次郎)それで
しっかり元を取れなかった―
霧里は…
どうなったんですか?
(吉田屋の笑い声)
お前さんの言う通り 追い出してやったわ
アッハッハッハ
ウワサじゃ夜鷹にまで 身を落として野垂れ死んだとよ
(吉田屋の笑い声)
霧里?
朝霧…
霧里姉さんに よくも…
フッ…
女郎らしい最期じゃないか
吉田屋様
身請けの話 なかったことにしてもらいます
(吉田屋の笑い声)
今さらそんな話が通用すると 思ってんのかい
こっちには―
証文だってあるんだよ
お前も商売道具にしてやる
肌に花を咲かせられるお前を見たら みんなも喜ぶだろう あー?
そこにいる阿部屋さんみたいにな
(吉田屋の笑い声)
(朝霧)うう! (吉田屋)うお!
ンン! あー!
(吉田屋)いやー えい えい! (朝霧を殴る音)
(朝霧の叫ぶ声)
(朝霧) やだ!
朝霧!
お前は金で買われたんだ
(朝霧)いやー! (吉田屋)ハッハハハハ
(吉田屋) どうしようが私の自由なんだ
(朝霧) ああー! いや いやー!
(半次郎) うわー!
(半次郎)ああー! (吉田屋)このーバカが!
(吉田屋)ううっ… (半次郎)ああー!
(半次郎)うわーっ!
(半次郎)ああーっ! (吉田屋)痛い! 痛い…
(吉田屋) 痛い… ああっ うう…
誰か…
助けてくれー 助け…
(半次郎) うりゃー!
(吉田屋) うぐぐっ…
(半次郎)だあっ! (吉田屋)ぐっぐっぐ…
(吉田屋)うっ… あ… あああ… (半次郎)うわー!
(吉田屋の倒れる音)
ハァ… ハァ…
逃げて
逃げて!
ハァ… ハァ… ハァ…
(駆けてくる足音)
(一同) 吉田屋様 吉田屋様
し… 死んでる…
朝霧…
どうした…
ハァ…
(鐘の音)
(障子戸が開く音)
(八津) この男 姉さんの間夫だったんだろ
みっともないよ
“男に惚れるな”
“信じるな”って 散々 私に言ってたくせに
もう二度と “姉さん”なんて呼ばない
(障子戸が閉まる音)
(江利耶) そんな気の抜けた面してるから
前へ座る売れない女郎に なっちまったんだよ
ほら 寒いだろ
(客引き) いかがですか
例の大島屋が またうちへ揚がるために―
祝儀をはずんで持ってきたらしい
すまなかった
許してくれ
あたいもまんじゅうが 食べたいでありんす
もう二度と浮気しちゃ嫌ですよ
うん うん
(江利耶) 間夫は仕事の憂さ晴らしって いうけど
本気になっちまったとはね
しかも石灯籠(いしどうろう)って言われたあんたが
ねえ
吉原に火をつけた女郎は―
思いを遂げられただろうか
逃げ切ることの方が難しいだろ
そうだね
でもさ…
逃げ延びてたらいいね
(鳥のさえずり)
ああ…
(朝霧)なあに? (男児)はい これ
〝今宵 子(ね)の刻 ここにて待つ〞
(半次郎) 朝霧
(朝霧) ああ…
バカ! 何で戻ってきたの?
見つかったらお縄になるんだよ 分かってん…
無事でよかった
朝霧
花魁道中―
したかったんだろ
(半次郎) 仕掛けも着物も 俺が染めて縫ってきた
でも あたしひとりじゃ 支度できない
俺ができる
(朝霧) あんた―
このために戻ってきたの?
(半次郎) ああ
お前―
本当の名前は?
(朝霧) あさ
(半次郎) あさ
あそこで待ってる
あさ
あさ
あさ
(朝霧) ああ…
(朝霧) ああ…
あさ
(朝霧) ああ…
もっといっぱい名前で呼んで
あさ
(半次郎)あさ… あさ (朝霧)うん…
あさ
(喘ぎ声)
お前はもう…
この花は…
誰にも見せなくていい
(喘ぎ声)
(戸が開く音)
(戸が閉まる音)
(八津) ひどい
こんなに痩せて…
こんな所で
ここに入れられて
どのくらい経った?
27日…
(八津) 姉さん…
ごめんね
あんなひどいこと言って…
本気で惚れて―
惚れられてる姉さんが うらやましかったんだ
あの人…
どうなった?
分からない
(鳥のさえずり)
(戸が開く音)
(戸が閉まる音)
半次郎の髪さ
昨日の昼 打ち首になったってよ
亀の甲より年の功ってね
女も年増になりゃ 男に振り回されなくなるもんだけど
まあ ここまで惚れぬきゃ―
女の本懐ってもんかね
(朝霧の泣き声)
(セミの鳴き声)
(八津) 姉さん 起きてる?
(障子戸が開く音)
(障子戸が閉まる音)
(八津) 今日は台所から 卵をくすねてきたんだ
ほら
これ食って元気になってね
ねえ 八津
朝顔の花は幸せなのかしら
花を咲かせるのは一時(いっとき)で
明日には くしゃくしゃに萎(しお)れちまう
それでも幸せなのかな
咲くことなんて知らない方が 幸せなんじゃない?
よく分からないけど
咲かないよりは 咲いた方がいいんじゃないかな
そうだね
ありがとう 八津
(若耶麻) あんなことあったら 身投げしちゃうよね
でも…
あとちょっとで 年が明けるっていうのに
(江利耶) だからさ
間夫が死んじまって 人生に絶望したんだろ
違うよ
朝霧姉さんは一生分の花…
咲かせたんだよ
(八津) ぎやまんの光る玉だ
きれい
どれにしようかな
姉さん
あれ…
(半次郎) 足 出しな
ありがとう
♪~
~♪
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