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(虫の声)
(村田左之助さのすけ) ハア… 遅いでがんすな
(高坂新左衛門こうさか しんざえもん)長州ちょうしゅうめ—
長々と どんなたくらみを 巡らせておるのか
長州といい 薩摩さつまといい 土佐とさ脱藩 坂本さかもとなにがしといい—
お上に あだなそうとは ふらちなやつらよ
こよい 刀のさびにしてくれる
ハハハッ その意気やよし
会津修正館あいずしゅうせいかん 始まって以来の 使い手と言われた高坂新左衛門
おぬしがいれば わしも心強づええ
からかうな 左之助
ハア… それにしても ご家老じきじきのご下命—
うれしかったのう
壬生狼みぶろばかりに 手柄を 挙げさせておくばかりではいかん
会津のもののふの意地を 見せてやれ とな
うむ まこと 我らのような下士の二男三男—
妻も めとれず 役にも就けず—
いたずらに朽ち果てていくのみかと 思うておったのに—
このような大役を仰せつかるとは
何としてでも ご期待に添わねばのう
ああ
相手の山形彦九郎やまがた ひこくろう
若いながらも かなりの手だれと聞く
油断はするなよ
うむ
うう…
(戸が開く音)
(戸が閉まる音)
あっ バカ
毛利もうり家ご家中 山形彦九郎殿とお見受けいたす
(山形彦九郎)いかにも
そのお国なまりは 会津の者か?
問答無用である
(村田)やあっ (山形)ふっ!
(村田)うっ ううう…
(ため息)
おぬし 名は何と申す?
会津 松平まつだいら家家中 高坂新左衛門
♪~
おりゃ!
(雷鳴)
(雷鳴)
(高坂)おりゃ!
(落雷の音)
(落雷の音)
~♪
(雨音)
(響く耳鳴りの音)
(高坂)ああ…
ハア…
(小さくなる耳鳴りの音)
あのとき…
雷が落ちて…
分からん
(関本せきもと)おはようございます
おはようございます
(あいさつを交わす声)
(関本)はい おはよう (斬られ役1)おはようございます
今日は仕出し ぎょうさん来とるな
気合い入っとるがな
(安藤)ろうそくは—
消える前に ひときわ明るく燃える ちゅうてな
(斬られ役2)えっ 何の話ですか?
おう
こないだ 録音部の若いもんから 聞いてんやけど…
今クールで このドラマ 打ち切りのうわさあるらしい
(斬られ役1・斬られ役2)えっ
(斬られ役2)ほんまですか? (安藤)おう
これ なくなったら いよいよ時代劇 のうなるがな
そうや
まあ わしら まだ 現代劇でしのげるけど ほら…
(斬られ役1)殺陣たて一筋の関本さん どないしはるんやろう?
(安藤)うーん
(山本優子やまもと ゆうこ) 関本さん おはようございます
(関本) ああ 優子ちゃん おはよう
あの… 次のシーンで 少しセリフの変更があって—
立ち回りの皆さんにも 伝えておいてほしいんですけど
(関本)おっ セリフ変更でっか? (優子)はい
えー シーン17です
(関本)ああ これ (優子)ここです
おーい ちょっと!
(斬られ役たち)はい
すいません セリフの変更です
(監督)いけるか? (優子)はい 変更は伝えました
とにかく今日中に このシーン撮りきらんと—
編集 間に合わん
(監督)よっしゃ テストいこか (カメラマンたち)はい
はい テスト よーい スタート!
(カチンコの音)
(高坂)あっ すまぬ
ちと尋ねるが あの… ここは いずこであろうか?
何だ? あいつは…
すまぬ ちと尋ねるが…
ん?
これは…
あっ
あっ いや…
はあ?
(斬られ役1)おっ (うめ)キャー!
(斬られ役1)元気な娘じゃのう (安藤)おう
(斬られ役2)おっ この女 よーく見ると上玉じゃねえか
(斬られ役1)よし 来い!
(うめ)やめてください (斬られ役2)あ?
(斬られ役1)ちと酒の相手をせよと 言っておるだけじゃ
(安藤)なにも取って食おうと 言っておるのではない ほれ
(うめ)やめてください! (斬られ役2)暴れるな
(錦 京太郎にしき きょうたろう)やめねえかい!
(斬られ役2)ああっ?
(安藤)あっ…
(錦)天下の往来でみっともねえ
(斬られ役1)なんだ? きさま
邪魔立てすると 容赦はせぬぞ
(錦)お江戸えどの町にうごめく悪わるを—
斬って捨てよと遣わすは—
神か仏か閻魔えんまか鬼か
世直し侍 心配無用ノ介しんぱい むようのすけたあ この—
俺様のことよ
な… なんだと?
心配無用ノ介
し… 心配無用ノ介?
(斬られ役1)覚えてやがれ
(町人)ハハハッ ざまあみろ
(町人たちの笑い声)
(うめ) ありがとうございます お武家様
(錦)おう ケガはなかったかい?
(うめ)はい おかげさまで
(錦)気をつけなよ
(監督)カット! (ストップウオッチの電子音)
(ため息)
どう? 尺 大丈夫?
はい 時間内に収まってます
よっしゃ! ほな いこか
本番や
それにしても…
“江戸”とか申しておったな
京の都と江戸では ひとつきの旅路…
そんなバカな…
よーい スタート!
(カチンコの音)
(斬られ役1)おっ (うめ)キャー!
(斬られ役2)おっ この女 よーく見ると上玉じゃねえか
(斬られ役2)よし 行くぞ! (うめ)やめてください
(斬られ役1) ちと酒の相手をせよと…
なんとも くどい浪人どもめ
(安藤)取って食おうと 言っておるのではない ほれ
(斬られ役2)暴れるな 暴れるな (うめ)やめてください!
(錦)やめねえかい!
(斬られ役2)ああっ?
(安藤)あっ…
天下の往来でみっともねえ
なんだ? きさま
邪魔立てすると 容赦はせぬぞ
お江戸の町にうごめく悪を—
斬って捨てよと遣わすは—
神か仏か閻魔か鬼か
世直し侍…
(高坂)心配無用ノ介殿!
し…
助太刀いたす!
(斬られ役たち)あっ…
(斬られ役たち)は? えっ?
(斬られ役たち)は? えっ?
(斬られ役たち)あ… おっ?
(高坂)いざ! (斬られ役たち)わっ
アホ! 何しとんねん!
お前は何をしよん お前は
おい!
いや あの… あちらにおられる娘子と—
心配無用ノ介殿が 難儀をしておられるご様子
それで私… その… 助太刀をつかまつろうと
誰や この ややこしいの入れたん
おい 監督 どないなってんのや?
(優子)すいません 今日は現場が重なってて—
慣れない仕出しさんが 紛れ込んでしまったのかも…
はよ つまみだせ!
困ります!
どこの事務所から いらっしゃいました?
(高坂)ああ…
拙者 松平家家中 高坂新左衛門と申す者
えっ? そんな役 あったかな?
あっ 何かしらの 失礼をいたしたようで 申し訳ない
とにかく 作品を間違われているようです
現場から出ていってください
あの… 出ていけと言われましても どこへ行けば?
隣で 別の組の撮影が 行われているので—
たぶん そちらじゃないでしょうか
そこの建物 曲がって すぐの所です
(高坂)あっ…
(優子) すいません お待たせしました
スタンバイ お願いします
(監督)優子ちゃん 次のカット クレーン使いたいんやけどな
(優子)はい すぐ行ってきます
あの風体 異国のおなごか
非常にしっかりとした もの言いよ
(高坂)うーん (ほおをたたく音)
おおっ おお…
(電子音)
(送風音)
ひっ!
ヒヤー!
(衝突音) (高坂)うっ!
(スタッフ)えっ! (優子)あっ
(優子)大丈夫ですか?
もしもし?
(救急車のサイレン)
ハアーッ
イッタ
ああっ ん?
(優子)あっ よかった
気が付かれましたか?
あの… ここは?
心配しました かなり強く打たれたから
(高坂)あ…
念のために あとでCTも 撮ってもらいましょうね
し… しーてぃー?
大丈夫ですよ 撮影所の保険が下りますから
私 山本優子といいます
山本? 優子… 殿
ええ
お名前 伺っていいですか?
拙者 高坂新左衛門と申す
高坂さんですね?
(高坂)はい
看護婦さん 呼んできますんで ちょっと待っててください
ブラインド 開けておきますね
(ため息)
(優子)落ち着いたら CTも撮ってもらって…
(優子)お願いしますね (ナース)はい
(電車の走行音)
“黒船来航”?
“黒船来航から幕府滅… 滅亡”
“徳川とくがわ幕府が滅んで140…”
140年?
(虫の声)
(荒い息)
(ため息)
(高坂)武士の世が とうに終わっていたとは…
(遠雷)
(雷鳴)
雷の音は今も 昔も変わらんのう
(雨音)
(高坂)落ちろ!
落ちろ! 落ちろ!
あのときに戻してくれ
戻せ! 戻せ!
戻せ!
戻せ!
(大きな雷鳴)
(セミの鳴き声)
(住職)お?
何や?
撮影所の役者さんかいな?
ちょっと もし 起きなはれ
(高坂)うーん…
こらいかん
節子せつこ おーい ちょっと来てくれ!
(雷鳴)
(雷鳴)
(高坂)うりゃ! (監督)カット!
もう一回 いこか!
(高坂)わーっ!
ハアッ ハア…
ハア…
大丈夫ですか?
優子殿?
(節子)どないしたんや?
あっ 目 覚めたんか
もう 心配しましたで
(住職)何や 何や 大きな声 出して
おう おう
ハハハッ
(高坂)あの… ここは?
あんた 寺の前で倒れてたんやがな
ああ…
高坂さん
(高坂)はい
どうして 病院から抜け出したんですか?
しかも衣装のまんまで
信じられません
(高坂)あ…
あいすまぬことをいたしました
申し訳ござらん
(おなかが鳴る音)
おなか すいてはるんか?
いや そのようなことはござらん
(おなかが鳴る音)
あの…
(おなかが鳴る音) (高坂)いや これは~
(節子)アハハハッ (優子)フフフフッ
(節子)もう
(笑い声)
よっぽど おなか すいてたんですね
(高坂)このような うまい握り飯は 食したことがござらん
それに…
磐梯山ばんだいさんの雪のような白さ
食うてしまうのがもったいない 美しさですなあ
(節子)食べるんかいな
はい
(高坂)かたじけない
(節子)はい
(高坂)かたじけない
(住職)いやあ 高坂さん 成りきりぶりが一流ですな ハハッ
あっ ところで 優子殿は いかにしてここに?
(節子)ああっ このお寺は 撮影所から近いし—
時代劇の撮影に よう使うてもろてますんや なあ
(高坂)あの… 時代劇とな?
(優子)そう 京都で撮影された時代劇で—
ここでロケしたことがない 作品なんてないくらい
(優子)うん (高坂)ふーむ…
優子ちゃんは 撮影やらロケハンで しょっちゅう来てるし—
境内で衣装姿の役者が倒れてたら—
そりゃ もう 彼女にすぐ連絡しますがな
そうしたら—
あんたを捜してたからって 飛んできてくれはったんや
あ…
それより 所属事務所とか 何か覚えておられません?
(高坂)あ…
申し訳ござらん
何も存ぜぬ
(優子)お医者さんが 言うてたんですけど—
頭 打ってるから—
一時的に 記憶が混乱してるんじゃないかって
記憶喪失いうやつかいな
初めてやなあ
けどまあ 優子ちゃんも 仕事とはいえ 大抵やおへんなあ
まあ 助監督は 何でもやらなあきませんしね
それより お二人には いろいろとご迷惑をおかけしまして
いやいや かまへん かまへん
この だだっ広い寺に わしと嫁はんと2人住んでるだけや
それに 部屋は貸すほどあるしな
(優子)せやけど 身元も分からんへん人を介抱して…
こう見えても わし 御仏みほとけに使える身やで
人助けに何の躊躇ちゅうちょがあろう
(節子)フッ (優子)ハハッ
いやいや それにな あの男 悪い男やないで
(優子)なんでです?
見たやろう あの男の頭
月代さかやき そっとったで
それに腰のもんも竹光やない
ずっしり重かったし あら模造刀かなんかやな
セリフもないような端役に そこまで成りきろうとするとは—
大した役作りや なあ?
あれは単なる役者バカや
(住職)ああ… (節子)アハハハッ
(住職)ハハハハッ そうか
(節子)コーヒーでもいれようか? (住職)うん そやな
役者バカ…
(優子)こうして高坂さんは—
記憶が戻らないまま 西経寺せいけいじで居候することになりました
あっ!
よっと よっ
140年…
(節子)新さん お茶 はいったし おいで!
はい
(高坂)失礼いたします
(節子)はい 冷たいお茶 どうぞ
(高坂)かたじけない 頂戴いたします
(節子)うん
どないしました?
これは 大変高価な 菓子なのでしょうなあ
(節子)ううん
近所のお店で買こうた 普通のやつやけど
普通…
すると 誰もが 口にすることができますので?
もちろんですがな
(高坂)うう…
泣くほど うまいでっか?
はい
日の本は良い国になったのですね
こんな うまい菓子を—
誰もが口にすることができる 豊かな国に…
(住職)なんや あんたと話してたら—
本物のお侍さんと 話してるみたいな気がしますなあ
(笑い声)
あっ あんた 時間 時間
ああっ そや そや 忘れとったがな よっ
(オープニング曲)
(高坂)うっ
おおー! おおお…
(節子)何? (住職)わっ…
絵が動いておる
(安藤)なにも取って食おうと 言っておるのではない ほれ
(うめ)やめてください!
やめねえかい!
(斬られ役2)ああっ?
あっ こ…
あっ 鼻 鼻 はい
(錦)天下の往来でみっともねえ
なんだ? きさま
世直し侍 心配無用ノ介たあ この—
俺様のことよ
(安藤) し… 心配無用ノ介 覚えてろよ
(高坂)ハハハッ こ… (うめ)ありがとうございます お武家様
私が8つのとき おっかさんが死んで—
それ以来 おとっつあん 酒浸りになったんです
(高坂の嗚咽おえつ)
(うめ)ヤケになって ばくちで借金こしらえて…
(斬られ役)野郎!
(斬られ役) てめえ この野郎 ぐわっ
あああ…
(斬られ役)この野郎 コラ!
この野郎!
あ… うおっ ぐおっ
(斬られ役)この野郎 やあー!
ぐおっ!
以後 心配ご無用
(高坂)こっ… (うめ)おとっつあん?
おとっつあん
(うめの父)おうめ
おらぁ もう二度と ばくちはしねえ
ああ 酒も飲まねえ
約束よ
約束するとも
おうめ!
(エンディング曲)
(住職)うわ~ びっくりしたなあ
まあ こんな大騒ぎして テレビ見る人—
初めて見たわ
拙者 ここまで激しく 胸を動かされたことは—
ついぞ ござらん
いや まっこと驚き申した
(住職)これが 優子ちゃんらが作ってる時代劇やがな
えっ? あの方がこれを?
うん 優子ちゃんが助監督なんやで
あっ それは お役目か何かのことでござるか?
(住職)そうや
怒号 飛び交う男の世界で—
女流監督になる日 目指して 日々 戦ってるんや
撮影が終わったら どんなに疲れてても—
夜中じゅう 台本 書いてるっちゅう話や
(高坂)まるで—
ひとかどの侍でござるな 優子殿は
(安藤)てや!
(斬られ役2)おのれ やあ!
ぐうっ
カーット! オッケー!
(カチンコの音)
どやった?
(カメラマン)バッチリです
京ちゃん 決めたところで ズームイン スパン 決まったし—
最高ですわ
そうか
よしっ 今日はみんなで飲みに行くで
(斬られ役たち)おっ
錦京太郎のおごりや
(監督)イエーイ! (カメラマン)ありがとうございます
(斬られ役たち)ありがとうございます (錦)ついてこい
(斬られ役たち)はい (安藤)ありがとうございます
(斬られ役たち)おお ハハハハッ
あしたのシーン29 どうします?
ああ… ちょっと待ってな
はい
あっ 優子ちゃん 来週 衛星放送の坂本龍馬りょうまのドラマ—
応援 入ってんだってな
はい お手伝いしてます
(関本)売れっ子やなあ フフフッ (優子)あ…
ゆうべ あの監督と 一緒に飲んでんけどな—
中盤の殺陣 屋外に変更したい言うとったで
聞いてる?
えっ? 今からですか?
らしいで
(電話の着信音)
はい 西経寺
ああ 優子ちゃんか
こんにちは
あの… 実は お願いがありまして
(節子)来週 また撮影に来はるんやて?
(住職)おう 来はるで (節子)ふーん
(高坂)撮影?
(住職)こないだ あんたが紛れ込んだ—
「心配無用ノ介」のような 時代劇のな
(高坂)あっ では 優子殿も来られるので?
(住職)えっ? なんや 気になるか?
(高坂)えっ? いや 全く まさか そんな…
あっ 全くもって そのようなことは ご… ござらんよ
(住職)プッ (節子)フフッ
あっ ご苦労さま
(優子)あっ… (助監督)えっと…
このあと段取り こっからっすね
(優子)はい (助監督)じゃ お願いします
(優子)はい
(携帯電話の振動音)
もしもし おはようございます
今日はお世話になります
(住職)ヘヘッ いや すまんなあ
いやあ 今日 法事があったん すっかり忘れてとってなあ
もろもろは節子に言うてあるから 何かあったら聞いて
はい じゃあ よろしくお願いします
和尚さん
もう みんな集まっとるから そろそろ
(住職)ああ 分かった 分かった
(住職)そういうことやから まっ よろしゅうにな
じゃ
(助監督)優子さん! (優子)はい
ちょっと 問題が…
えっ?
(斬られ役2)大丈夫すか?
汗 これ…
体調良くないって聞いたんですけど
(斬られ役2)そうなんですわ
(斬られ役3) 朝 来たときから あぶら汗かいて—
青い顔してるんですよ
(安藤)大丈夫です
(安藤)ああ… (斬られ役2たち)おおっ
大丈夫やないやろう
(優子)あの… とにかく 無理やったら何か考えますんで
(安藤)ハア… 大丈夫…
(安藤)行こう (斬られ役3)いや…
(斬られ役2)えっ 行こうって ちょっ し… えっ?
(安藤)よーし
(安藤)ああー (斬られ役2たち)おいおい
(斬られ役2)あ… あきません 白目むいてますわ
車で横になっとけ!
(安藤)あああ…
(斬られ役2)ああ… ほな 安藤さん 行きましょう
(安藤の荒い息)
(安藤)すいません!
あら 今日は無理やなあ
どうしましょう
立ち回りは なんとかなるけど—
坂本龍馬を追い詰める 新選組しんせんぐみの追っ手が—
2人っちゅうのは ちと迫力がなあ
(優子のため息)
手を簡単なんにして 1人 エキストラでも立たせとくか
あっ 主役の吉岡よしおかさん 別ドラマの収録あるみたいで—
夕方には 東京行きの新幹線 乗らんとあかんみたいなんですよ
今から役者 探して—
かつら合わせしてって そんな時間…
(関本・優子)ハア…
(高坂)お疲れさまでございます
(助監督)うわっ
おった…
(特効マン)オッケーです
ありがとうございます
ちょっと立ってみい
はっ
パッと見は大丈夫そうですね
まっ そんなわけで—
あとの2人が 立ち回り ほとんどやるから
あー きっかけが来たら スターさんに斬り込んでって—
よけられて 背中を袈裟懸けさがけに斬られる
…で 振り向いてバーンッてな
…で 倒れればよいのですね?
(関本)うん そや
ヘヘヘッ だけど こんな ふだんから—
ちょんまげ結うてるような けったいな人—
よう近場におったなあ
ほんまに芝居 大丈夫か?
任せてください
拙者 上役のお付きで 幾度も芝居を拝見しております
いま一度 試させていただくわけには まいりませんでしょうか?
(関本)よっしゃ ほな 稽古や (高坂)はっ
(関本)ほな いくで
はっ
はい 2人目 斬った うん!
えいや!
(関本)たあ! (高坂)うおおっ
(高坂)ううーん よっ よっ
(関本)歌舞伎か!
ほんま 大丈夫か?
本番 参りまーす!
(カメラマン)回りました
はい よーい スタート!
(カチンコの音)
(メイク) なかなか様になってるやん 彼
はい
(吉岡)おまんら ちっくと待ちや
わしを斬れば 日本の夜明けが遅れるぜよ
(斬られ役3)黙れ 下郎! おとなしく縛につけ
わしを捕らえるのは ちと骨が折れるぜよ
(斬られ役2)おのれ! (斬られ役3)とりゃ!
(斬られ役2)てや! (吉岡)はっ!
(斬られ役3)うわっ (吉岡)てい!
(斬られ役3)てや!
(斬られ役2)せえ!
ふっ!
ぐっ!
ううっ
ぐぐっ
うわっ
ぐおっ
うおっ うおお…
(斬られ役3)おのれ 坂本龍馬!
坂本… 龍馬
(斬られ役3)てや!
ぐわっ
とりゃー!
うあっ あっ…
あっ…
(高坂)うりゃ! (発砲音)
(リモコンの電子音)
(高坂)ううっ
(高坂)撃たれたのか?
なんの これしき!
(発砲音)
(高坂)うっ…
ああ…
無念…
振り返れば いろいろあったなあ
おもしろき人生であったのう
最後には すばらしいおなごと出会えたのう
(監督)カット! オッケー! (カチンコの音)
ちゃんと撮れた?
(カメラマン)バッチリです (監督)おお よっしゃ よっしゃ
(斬られ役2) あっ ありがとうございました
(関本)オッケー
(関本)オッケー オッケー (斬られ役3)ありがとうございます
(斬られ役たちの笑い声)
(関本)起きろ
起きんかい おい!
あっ…
(関本)ハハッ ハハハハッ (斬られ役2)ええっ?
(関本)ホホホッ (斬られ役たちの笑い声)
(高坂)ひっ! ああっ (斬られ役たちの笑い声)
(メイク)はい 失礼します
はい お疲れさまでした
(メイク)はいはい (斬られ役3)はい
(メイク)はい 失礼します
あっ えっと はい…
(関本)はいはい
(斬られ役3)はい
(笑い声)
大丈夫ですか?
は? はい
(斬られ役たちの笑い声)
(吉岡)お疲れさま
(関本)あっ お疲れです (斬られ役たち)お疲れさまです
(優子)お疲れさまです
(斬られ役3)おい やめろ…
最後のあんた すごい迫力だったよ
ハハッ 一瞬 斬られるのかと思ったよ
痛み入ります
(吉岡)アハッ ハハハッ
おもしろい人だね この人
いやあ 本場の斬られ役はすごいねえ
(関本・斬られ役たち) ありがとうございます
(監督)じゃあ 次のシーン いっちゃいましょう
優子ちゃん 用意して
はい
(関本)ほなな はい (斬られ役3)あっ
(打ち合わせをする声)
(高坂)お見事!
拙者 後ろから 皆様を拝見しておりましたが—
まるで まことの斬り合いのようで—
全くもって名人のお手並み
感服つかまつりました
ハハハハッ 褒められてもうたな
(斬られ役たち)ヘヘヘッ
あんたこそ 殺気だったあの斬り込み—
冗談抜きで なかなかよかったで
ありがとうございます
坂本龍馬の名前を聞いたとき 何というか こう…
何としてでもと思い その…
撃たれたときには—
ああ もう拙者は ここで死ぬのかと走馬灯さえ…
ハハッ そりゃ そんだけ—
役に入り込んどった っちゅうわけや なあ?
(斬られ役3)上等や
(関本)はい 上等 (斬られ役たちの笑い声)
(関本)はい 行くで (斬られ役たち)はい
(関本)あんな 次のシーンやけどな
(斬られ役2)はい
(優子)あの!
よかったです 本当に
撃たれたときの あの表情 いいお芝居でした
あっ 刀 預かりますね
あっ はい
(住職)あんた 出演しはったそうやな
(高坂)あの… 優子殿に頼まれて いたしかたなく
(住職)ふーん
ほんで? どうやった?
(高坂)うーん…
うん もう 何が何だか こう 無我夢中で
(住職)ふーむ
新さんの もともとの仕事かもしれへんで
さよう…
んっ!
新選組の皆様とは 思いを同じくしておりました
(節子)うーん…
(住職)ハハッ まあまあ
まっ なんとか無事に 済んだっちゅうわけや ハハハハッ
(節子)まっ そういうことやな
(住職と節子の笑い声)
お疲れさんでした ほら
はよ ハハッ
(節子)はい (高坂)かたじけない
(節子)あっ あんた (住職)お… おう
はい いいよ はい
あっ 実は関本殿に褒められました
(節子・住職)えっ!
(住職)あの関本さんに?
冗談抜きでよかったと
(節子)あら まあ
へえ~
(テーブルをたたく音) (住職)よし!
決めた
(優子)えっ? 斬られ役になりたい?
(高坂)はい
どやろう?
剣心会けんしんかいに入らせてもらえんやろか?
関本さんの?
高坂さん あなた 今 時代劇が どんな状況かご存じですか?
とっても 斬られ役で食べていけるほど—
稼ぐことなんてできないんですよ
そこは うちに住んでもろて—
ふだんは 寺の手伝いしてもらいながらやから
(優子)でも… (高坂)あ… 優子殿
今の拙者は 赤子のようなもの
何一つ 満足にできることはありません
幼少のみぎりより 磨き上げてきた剣術の腕前も—
世間においては無用の長物
しかし 撮影所ならば—
何か拙者も お役に立てることが あるのではないかと思うのです
困っちゃったなあ…
(優子のため息)
初めて優子殿がお作りになられた 時代劇を拝見したおり—
拙者は驚きました
人の世の おかしみ—
悲しみ 苦しみ 怒り—
そして 喜び
平穏な暮らしを願う人々の 営みや思いが—
何というか…
まことのものとしてありました
拙者の心に 直接 伝わってきたのです
ハア… 涙が止まりませんでした
救われたような気がしました
救われたような気がしたのです
大層なこっちゃ ハハハッ
あなた方は すばらしいお仕事をされております
どうか… どうか拙者に—
そのお手伝いを させていただけませんでしょうか
何とぞ…
何とぞ よろしくお願いいたします
ありがとうございます
うれしいです そんなふうに言ってもらえて
優子殿…
分かりました
関本さんには 私から伝えておきます
(高坂)おおっ (住職)ホホホッ
かたじけない
(住職)よかったやないかい (高坂)はい
(優子)待ってください
入門が許されるかどうかは 関本さんしだい
いいですね?
はい
話は 優子ちゃんから聞いとる
(高坂)はっ
弟子として 末席に加えていただきたく存じます
今どき 斬られ役になりたいとは 正気の沙汰やないなあ
…と 申されますと?
わしらの若い頃はなあ—
この撮影所で 月20本の時代劇を撮っとった
日本映画の全盛期や
午前中に 浪人で斬られたか思うたら—
午後には ヤクザで川にはめられ—
夜中には悪代官の家来
オープンセットなんか 違う作品どうしの取り合いや
それが今はどうや?
時代劇なんて週1本あればよし
とてもメシなんか食えん
お先 真っ暗や
そこにお前は 飛び込みたいんか?
私は事故に遭い すべてを失いました
いまさら 空腹の何を恐れることが ありましょうや
“子し曰いわく 疏食そしを飯くらい 水を飲み—
肱ひじを曲げて之これを枕とす”
“楽しみ亦また其その中うちに在り”
(関本) “不義にして 富み且かつ貴たっときは—
我に於おいて浮雲ふうんの如ごとし”
論語をそらんじるとは 髷まげだけやのうて一端の侍やな
今 私がこの世界で 身を立てられるすべは—
これよりほかにはございません
何とぞ
カメラ写りもよさそうや
まずは 覚えのあるっちゅう 腕のほうを見せてもらおうか
フウ…
(ため息)
ああ…
ちょっとは落ち着きなはれ
落ち着いてるわな
(節子のため息)
(優子)こんにちは
(住職)おう 優子ちゃん
あっ…
あら いらっしゃい
(優子)じゃあ 剣心会に 入らせてもらえたかどうか—
まだ分からないんですね
そうやねん もう やきもきしてしもてえ
あっ もう どうやってんやろなあ
(優子のため息)
あー あかんわ
まともに記憶のない男が 入門 許されるはずない
ああ… 私 安請け合いしてしもうたかな
とにかく 高坂はんが帰ってきたら その件には触れずに—
ふだんどおりにしとかんとな
そやな
本人から言うまで 黙っとこう
そうそう それからな—
もう その滑るとか 落ちるとか—
そういう言葉 絶対 言うたらあかんで
(節子・優子)うん
(優子のため息)
(引き戸が開く音)
帰ってきた
(高坂)ハア…
ただいま戻りました
雨 降ったやろ? 足元 何ともなかったか?
ツルッと滑ってケガでもしたら な…
うっ…
ツ… ツルー
ハア… チッ
(住職のため息)
内閣の支持率 また落ちとるな
こんだけ景気 悪なったら そら落ちるに決まっとる ヘッ
落ちるに決まっとるな
落ち… 落ちる…
(高坂の はなをすする音)
何も泣かいでもええがな
そうですよ
時代劇 作るんやったら—
殺陣だけじゃなくて いろいろと役割ありますから
ああ そうそう
うちも なんぼでも 手伝うてもらいたいことあるから—
よかったら いつまででも ここに おってええんで
(高坂)入門が許…
えっ?
(高坂)入門が 許されました
(節子・優子)えっ?
関本殿の弟子にしていただきました
(節子・優子・住職)ええーっ!
なんでそれを はよ言わんのや!
もう喜び方が紛らわしいねん
(住職)ハハハハッ (優子)よかったですね
(住職)ああ よかった よかった
(高坂)はい (節子)おめでとう
ありがとうございます
(拍手)
(住職)それはよかった おめでとう おめでとう
(拍手) (節子)よかった
(関本)正眼
上段
(関本)アホ (高坂)は?
後ろの役者に当たったら どないすんねん これ
ええか?
切っ先は 天に向けんといかん
なるほど
いいか? わしが斬っていくからよける
(関本)こっち (高坂)はっ
(関本)そう 右へ打ち込む
それをわしが たたき落として斬りつけるから—
体を引いてかわす
そうや
上段
ほう うん
しばし にらみ合い
我慢しきれず打ち込んでくる
はね上げて—
袈裟懸けで斬る
ほな やってみよ
よーい はい
(関本)たあー! (高坂)てや!
(関本)はっ! ていっ
(高坂)はっ!
(高坂)はっ!
(関本)たあー!
アホ 受けてどないすんねん
(関本)やあー! (高坂)てやっ
(関本)えい! ていっ
(高坂)やっ!
(高坂)いやー!
(関本)たあー! (高坂)えい!
(高坂)おりゃ!
(関本)ああー!
違うやろ
(関本)やあー! (高坂)てや!
(関本)うわっ
(関本)やあー! (高坂)てや!
(高坂)とりゃ! (関本)ぐぐっ…
(関本)やあー! (高坂)てやー!
(関本)ああっ ぐぐぐ… ぐうっ
なんでやねん
(先輩監督)優子ちゃん!
(優子)はい
シナリオ 書いとるか?
(優子)ああ… それが あんまり進まなくて
(先輩監督)ああ…
まっ 助監督で 一生食ってくんやったらあれやけど—
監督なりたかったら シナリオ書かんと
(優子)はい
(先輩監督)「心配無用ノ介」も なんとか継続が決まったし—
優子ちゃんにも 1話くらい任せたいんやけどな
(優子)あっ 頑張ります
(高坂)おはようございます
(ホイッスルの音)
(高坂)はっ ただいま
(優子)こうして 高坂さんの 斬られ役としての生活が始まりました
(関本)後ろ誰や? (高坂)はい
よし 斬ってくる!
やあ!
どこ斬ってんねん ここ!
ええか? はい はじくで
(関本)えいっ (高坂)おりゃ!
(関本)うっ… って気持ちは分かるけど
(関本)あっち行け (高坂)はっ
(関本)はい 斬ってくる (斬られ役)てや!
(関本)背中をバサッ
(高坂)おのれ! (関本)バサッ
(高坂)てやー! (錦)ふっ!
カット! オッケー!
はい オッケー
(監督)よかったやないか
(斬られ役)たあー!
えい! おっと…
とりゃー!
おりゃ! ぐわっ
(武士1)ああっ…
(斬られ役)うりゃ! ううっ
(高坂)てや!
(武士1)ああっ ああっ
(優子)高坂さんは 殺陣や芝居の のみ込みが早く—
本物の侍のような たたずまいもあって—
すぐに あちこちの撮影に 呼ばれるようになっていました
フフッ おい お前 それどうにかせえよ
(高坂)えっ?
ハハハッ
(安藤)新ちゃん そろそろ切ったほうがええで これ
(安藤たちの笑い声)
(高坂)フウ~
(理容師)どうですか?
かたじけない
(舌打ち)
(ため息)
(監督)ほな いくで!
よーい!
(監督)はい (カチンコの音)
(安藤)てやー! (錦)うりゃ!
(斬られ役4)てやー! (斬られ役5)おりゃ!
(斬られ役6)うりゃ!
(高坂)ああっ
(安藤)うわっ ぐわ…
カーット! オッケー!
(カチンコの音)
どう? 最後のズームイン 決まった?
バッチリですわ
(錦)ああ (斬られ役2)お疲れさまです
やっぱりテレビ時代劇には—
このズームインがないと 味がないからのう
(笑い声)
(錦)よっしゃ—
今夜は飲みに行くか
(斬られ役たち)おっ
(錦)ついてこい
わしのおごりや
(斬られ役たち) わあ ありがとうございます
行きましょう
(高坂)ありがとうございます (錦)ああ お疲れさん
(錦)ああ お疲れさん
(監督)高坂! (高坂)はい
ちょっと
(高坂)はい
お前の殺陣 何か違うな
私は本身をよく振ります
初めて竹光を握ったとき その軽さに驚きました
それで…
重さを表せないかと 工夫をしてみたのですが…
すいません 勝手なことをしてしまいました
(監督)うん うん うん
ハアッ
(高坂のセリフを練習する声)
(優子)高坂さん 大丈夫? (高坂)あ…
ああっ さあ どうでしょう?
その… 手の震えが止まらなくて
ハハッ ゆうべ あれだけ練習したんや
大丈夫やって
はい
高坂さんなら きっとできます
はい
フフッ
よーい! はい
(カチンコの音)
(斬られ役1)野郎! (安藤)とりゃ!
(斬られ役2) うりゃ! ぐおっ ぐはっ
うぬが 心配無用ノ介とかいう おせっかいなやつか?
きさま 武士の端くれとして恥を知れ
黙れ!
(高坂)おりゃ! (錦)やあっ!
(高坂)うりゃー! (錦)おりゃ!
カーット! オッケー!
(カチンコの音) (錦)お疲れさん!
(スタッフ)お疲れさまです
(錦)おおきに 気持ちよかったで
よっしゃあ 調子 出てきたでえ
(優子)こうして 高坂さんは—
斬られ役として どんどん出世していったのでした
(自転車のベルの音) (優子)高坂さん
(高坂)あっ こ… これは あっ 優子殿
(優子)私ね 両親の仕事が忙しくて—
おばあちゃんに育てられたの
そのおばあちゃんが とっても時代劇が好きで—
その影響で 私も好きになっちゃって
友達が「セーラームーン」に 夢中になってた年頃に—
「銭形平次せにがた へいじ」とか—
「遠山とおやまの金きんさん」ばっかり 見てたんですよ
下敷きなんか 「暴れん坊将軍」やったもん
上様が暴れん坊…
(将軍)ウハハハッ
(家老)アイタタタッ なりません
うわー!
ワハハハッ
(優子)あのね (高坂)あ… はい
ほんと言うと—
監督になりたいっていう夢 忘れてたんです 私
毎日毎日 仕事に追われて なんだか疲れちゃって…
ずっと書いてたシナリオも いつの間にか書けなくなって…
でもね…
高坂さんが 撮影所に来て—
一生懸命に頑張ってる姿 見てたら—
だんだん思い出したんです
監督になりたいっていう夢
最近 また書き始めたんですよ
シナリオ
優子殿…
(お寺の鐘の音)
(斬られ役1)うわっ 光ってきた 光ってきた
(ドアが開く音)
(安藤) あっ おはようございます
(斬られ役1・高坂) おはようございます
(錦)イベントの仕事か?
はい 見栄えするように 磨いてたとこです
(錦)お~ ハハハッ (斬られ役2)ああ えらいこっちゃ
あっ ごめん 痛い 痛い
おっ おはようございます
(錦)ああ…
(斬られ役2) テレビ テレビ テレビ
テレビ テレビ ほい
(武者小路むしゃのこうじ監督) 今までで誰も見たことのない—
リアルな時代劇を撮りたいですね
時代劇のメッカ 京都で撮れるっていうのも—
楽しみだしね
(記者)ありがとうございます
えー 続いてですが—
風見かざみさんにとって—
十数年ぶりとなる 時代劇への復帰ですが—
なぜ 今なんでしょう?
(風見恭一郎)そうですね…
風見先生…
(風見)今 誰かが 本格時代劇を撮らないと—
ダメなんじゃないかなという 危機感というか 使命感です
それと—
自分を育ててくれた時代劇に対する 恩返しでもあります
(ワイドショーの司会者) 昨日 行われました—
映画「最後の武士」の 制作発表の模様を—
ご覧いただきましたが…
(安藤)おい 京都で 新作時代劇やて
(斬られ役1)おう (斬られ役2)すごいっすよね
(高坂)風見…
(安藤)ちょ… お前 知らんの?
(斬られ役1)お前な 風見恭一郎っちゅうたらな—
もともと わしらと同じ 斬られ役出身の…
(安藤)10年ほど前まで—
京都で さんざん テレビや映画で主演張ってた—
時代劇のスターや
(斬られ役2)ああ
(錦)わしも さんざんかわいがってもろた
(斬られ役2)あ… そやけど—
急に 時代劇は引退するちゅうて 東京に下りはったんや
(錦)今や 日本映画を代表する俳優さんや
(安藤)それが ハリウッドからも声のかかる—
武者小路監督と タッグ組んで時代劇やて
(斬られ役1)おう えらいことになったな
(斬られ役2)ほんまやで なあ
(館内アナウンス) 剣心会の高坂新左衛門さん—
今すぐ会議室1にお越しください
(ノックの音)
(井上いのうえ所長)はい どうぞ
あっ 剣心会の高坂です
おおっ
あっ 風見先生 彼が高坂新左衛門君です
ヘヘヘヘッ
風見?
あっ 風見恭一郎?
(井上)先生! (高坂)あっ はい
そうやがな
あのな この秋にクランクインする 映画のな 敵かたき役にやな—
その… ああ 高坂君をやな 使いたいっていう—
そういうお話やねん
ああ はい 喜んで
(井上)いや せやから いつもの単なる斬られ役やのうて—
セリフもぎょうさんある 準主役への大抜擢ばってきや ハハッ
は?
(井上)あのな 風見先生が—
テレビに出てる君のことを ご覧になって—
じきじきに推薦してくれはったんや
夢みたいな話やがな ハハハハッ
お礼を申し上げるべきところ—
それがし 急のてんまつにて いささか驚いております
(井上)ハハハハッ それや
そのふだんからの 無駄とも無意味とも思えた—
その侍としての役作りを 認めてくれはったんや
(高坂)あの… (井上)ああっ あ…
とにかく風見先生 わし ちょっと演芸部 行って—
高坂君のスケジュール 見てきますさかいに
すぐ戻りますわ ハハハッ
あっ いや あの その… ちょっとお待ちください
(井上)ハハハハッ ハア…
一生懸命 頑張ってれば 誰かがどこかで見ていてくれる
ほんまやなあ ハハハハッ
(高坂)このたびは ありがとうございます
わたくしめをご推挙いただき まことに感謝しております
しかし…
実のところ 殺陣や芝居など—
わたくしよりも達者な者が ここには大勢おります
それがしには 過ぎたるお役目 分不相応かと存じます
(風見) 貴殿でなければならないんだ
お忘れかな?
では 一つ尋ねる
あの嵐の夜—
丸顔のご同輩は あのあと どうされたのかのう?
(雷鳴)
(村田)ああっ…
うう…
長州の…
山形彦九郎?
(雷鳴)
(落雷の音)
(風見)あの夜—
雷に打たれ 30年前のここに来た
昔は貴殿より若かったが—
今は このとおり 年上になってしまったよ
それがしだけではなかったのか
ハハハッ
ひとつきほど前 テレビをつけると貴殿の姿
目を疑った
(リポーター) 今日は時代劇のメッカ—
京都太秦うずまさの時代劇撮影所に やってまいりました
こちらは プロの立ち回り集団 剣心会の皆様でございます
こんにちは
殺陣を始められて どのぐらいたちますか?
(高坂)ちょうど1年になります
(リポーター) どうですか? 楽しいですか?
楽しいです
(リポーター)アハハハッ
あの… さっきの迫力は どちらに行ったんでしょう?
腕には覚えのあった俺だが—
貴殿の強さには死を覚悟した
まっ 続けておれば俺が勝ったがな
フンッ 今となっては何とでも言えるわ
ハハハッ 確かに
…で どうだ?
この話 受けてみる気はないか?
断る
大恩ある徳川の世を終わらせた 貴公たちに対する遺恨—
決して忘れたわけではない
まだ そんなことを言っておるのか
それこそ 今となっては どうでもよいことよ
どうでもよいとは どういうことだ!
おぬししかおらんのだ
失礼する
本物の侍を—
俺たちの思いを今 時代劇として残せる者は—
おぬししか
時代劇を捨てたのは貴殿であろう
(井上)いや~ スケジュール 何の問題もない
めでたし めでたしですわ ハハッ
な… 何? 何があったん?
はっ!
(関本)稽古熱心やな
(高坂)ハア…
あっ 関本さん
(関本)所長から聞いたで
受けんつもりらしいな 大抜擢の話
はい
ハア… お前も偉えろうなったなあ
スターさんの話を断るとは
(高坂)あの役は 私には分不相応です
私は斬られ役が性に合ってます
あほんだら!
チッ ああ…
わしらは斬られ役で それに誇りもある
好きなチャンバラして 写真が良うなれば—
もう それで最高や
それでもな—
それでも一回くらいは芯に回って 作品の顔になってみたい
そんなことを—
ちょっとでも思うたことのない 斬られ役が—
おらんとでも思うとるんか
しょうもない意地張って—
目の前のチャンス 逃がすな!
(優子)私も そう思います!
それに 風見さんの 時代劇を守りたいっていう気持ち—
本当やと思います
(セリフを練習する声)
分かった それでいこう よろしく頼むよ
(優子)それではシーン26 最終テスト 参ります
よろしくお願いします
(一同)お願いします
(助監督)では シーン26
志士 高岡源吾たかおか げんごと 会津藩士 坂崎小弥太さかざき こよたの—
出会いのシーン 参ります
はい
(武者小路)はい テスト!
(カメラマン)はい 回った
よーい アクション!
(カチンコの音)
(若侍1)無礼なやつめ 許せん
抜け
抜かぬか!
てや!
やめとけ ケガするぞ
(若侍1)うるさい!
(若侍2)てやー! (若侍1)うりゃ!
(若侍1)うわっ うっ あっ…
ううっ…
おのれ!
(高坂)そこまでだ!
(若侍1)坂崎殿
刀を収めろ
しかし!
おぬしらの かなう相手ではないわ
(若侍1)覚えておれ
すまん
おかげで無駄な血を流さずに済んだ
(高坂)いや 幕府を思う けなげな若者—
ここで死なせるわけには いかんでのう
拙者 会津藩 坂崎小弥太
おぬしは どちらのご家中かな?
熊本藩 吉田藤十郎よしだ とうじゅうろう
カット! オッケー!
(カチンコの音)
(高坂)ハア… (スタッフ)お疲れさまです
(メイク)お疲れさまです
(高坂)あっ 自分…
なかなか堂に入いってるじゃないか
おぬしこそ—
時代劇が10年ぶりとは思えぬ 殺陣の腕前
見事だ
時折 本身で素振りをしているのが 功を奏したかもな
お疲れさまでした とってもよかったです
じゃあ 本番用の衣装に お着替え お願いします
はい
ハッ ハハハハッ
フウ~
てい! えい! えいっ!
そやー!
フウ~
今日は 午後からの出番のはずだが
立ち回りで 少し気になるところがあってな
それは熱心なことだ
修練を続けていたというのは まことのことらしいな!
これあっての俺よ
なら…
なら なぜ捨てた 時代劇を
(武者小路)いいですか?
望遠レンズで 仲良く釣り糸を垂れる 2人を狙います
イメージシーンなんで 音声は録とりません
じゃ よーい!
(武者小路)アクション! (カチンコの音)
(風見)俺はな—
向こうにいた頃 人を斬ったことがある
(武士2)てやー!
(山形)やめておけ
(武士2)やあー! ぐうっ
(山形)てや!
(武士2)ぐおっ あっ…
(刀が落ちた音)
と… とどめを
ああ…
(風見)はじめは単に—
降りかかる火の粉を 払ったまでと思っておった
だが こっちに来て 芝居で人を斬るたびに—
あのイヤな感触がよみがえってな
とうに忘れていたはずなのに—
斬った侍の死に際の顔まで 思い出されて—
毎晩 うなされる始末
もう限界と思った
(高坂のため息)
つまらん
(風見)ん?
見損なったわ
何とでも言え
(高坂)フッ
腰抜け
この 田舎侍が
なんだと?
そのなまり いいかげん直したらどうだ?
この… 言わせておけば
(高坂・風見の笑い声) (武者小路)いいねえ
(武者小路)伝わってくるぜ
2人の心が通い合ってるのがよう
最高の画えだ
では リハーサル 参ります
よーい アクション!
(カチンコの音)
(斬られ役1)てや! (斬られ役2)とりゃ!
うっ ぐわ…
(安藤)たあー!
(斬られ役1)ぐうー! ううっ
(安藤)やあー!
ああっ ぐお…
ああっ…
(武者小路)カット! (カチンコの音)
(ため息)
(武者小路) 何か もの足りないんだよな
斬られた瞬間に 高岡のほうをグッとにらんで—
うらみがましく死んでいく
何つうのかな…
怨念?
怨念みたいなもん出してくれよ
風見さん 大丈夫でしょうか? 顔色が…
(武者小路)心配ないだろ (優子)でも…
(武者小路) じゃあ 本番 参りまーす
(カメラマン)はい 回った
(監督)よーい アクション! (カチンコの音)
(斬られ役1)てやっ!
(斬られ役2)てやー!
うっ… ぐおっ
(安藤)たあー! (風見)てい!
(斬られ役1)ぐうー! ううっ
(安藤)やあー!
うわっ
(風見)てやっ! (安藤)ぐおっ
ぐぐっ…
ぐ… ぐあっ
あああ…
ああっ あ…
(風見のため息)
(武者小路)カット!
(カチンコの音)
ちょっと どうしたの 風見さん
(優子)風見さん 大丈夫ですか?
監督 風見さん 体調が悪いみたいんで—
今日は ここまでにして 日を改めたらいかがでしょうか
ああ…
このあとの撮影を シーン38に変更すれば—
スケジュールは問題なく回ります
そうだな まだ先も長いしな
よし じゃあ シーン29 今日は ここまで
続いて シーン38に参ります
では 各部署の皆さん 準備 よろしくお願いします
(スタッフたち)はーい
監督 すまん
(武者小路)気にすることないです
あした またお願いしますよ
お疲れさまでした
お疲れさまでした
(バーテンダー)いらっしゃいませ
(高坂のため息)
酒の助けを求めたか
飲めないと聞いたが…
同じものを
(バーテンダー) ウイスキーのロックですね?
ロッ…
それだ
(バーテンダー)かしこまりました
(高坂のため息)
楽なもんだな 主役というのは
あの程度の立ち回りでよいとはのう
わざわざ嫌みか
おぬしには分かるまい 俺の苦労など
分からんな
スター様のご苦労など 我ら斬られ役風情にはな
(バーテンダー)どうぞ
きさまには責任がある
(風見)おぬしを この作品に巻き込んだ責任か?
(高坂)徳川の御代みよを終わらせ—
この時代の礎を 築いた者としての責任だ
侍らしく 己に与えられた役目を果たせ
侍らしくか…
(斬られ役1)てやっ!
(斬られ役2)てやー!
うっ ぐおっ
(安藤)たあー! (風見)てい!
(斬られ役1)ぐうー! ううっ
(安藤)やあー!
とりゃ! ぐおっ
(風見)てい! (安藤)ぐわっ
(安藤)ぐっ あっ あ…
ぐぐっ…
うう…
成仏せよ
(風見)ふっ! (安藤)ううっ
(安藤)ぐわっ…
フウ…
フウーッ
カット! オッケー!
(カチンコの音)
(拍手) (スタッフたち)わあ~
(拍手)
(優子)では シーン替わりします!
(スタッフたち)はーい
(風見)礼を言うぞ
礼を言うのは拙者のほうだ
この作品に加えてくれた
では 貸し借りは なしだな
(優子)お疲れさまでした
とってもよかったです
ありがとう
今週末の中打ち上げ お二人とも絶対 来てくださいね
(高坂・風見)もちろん…
ウフフフッ
じゃあ お願いします
(風見)うーむ…
(井上)えー—
お集まりの スタッフ キャストの皆さん—
クランクアップは まだまだ先ですが—
本日までの 慰労と感謝を兼ねまして—
一席 設けさせていただきました
(安藤)よっ! (スタッフ)いいぞ!
(拍手)
えー では乾杯の前に 本作の主役 風見先生に—
ごあいさつを頂戴したいと存じます
さあさあ 風見先生 どうぞ
(安藤)よっ!
(拍手)
えー では 僭越せんえつですが 乾杯の前に ひと言だけ
(スタッフ)今日の芝居 最高でした
ああ… ありがとう
あの…
10年前 私は時代劇を捨てました
当時は—
毎日のように時代劇が放送され 活況を呈しておりました
ところが今は テレビをつけても時代劇は—
ほとんど 見られなくなってしまいました
侍といえば サッカーの代表チームという始末
江戸の時代も遠くなりました
さみしい…
さみしいかぎりです
時代劇が—
今の世に合わなくなってしまったと 言ってしまえば—
それまでですが—
でもですね 私は時代劇を残したい
みんなが楽しめる 本物の時代劇を残したい
あの時代を 精いっぱい生きた者たちの思いを—
なんとか残したい
どうか皆さん 力を貸してください
よろしくお願いします
(スタッフ)いいぞ!
(拍手)
わしらが時代劇 作らな 誰がやるねん
風見先生…
(武者小路)風見さん!
やりましょう!
最高の時代劇を撮りましょう
(風見)うん
というわけで 皆さん 「最後の武士」完成に向かって—
もうひとふんばりしようぜ!
乾杯!
(一同)かんぱーい!
(井上)あ~! 優子ちゃん (優子)はい
この映画 当たるで ほんま当たるでえ
(アクション監督)せや (井上)ハハハハッ
せやろ? アクション監督
あーっ
新ちゃん 飲んでるか?
いや 拙者は…
(安藤)今日は無礼講やで
あっ ちょっと…
風見さん すばらしいお話でした
ああ…
感動しました
ありがとう
なんかテレるね ハハハッ
それと 殺陣の最後の あのアドリブのセリフ
ただ憎くて斬るのではない
斬った相手の 悲しみを背負っていくようで…
よりキャラクターに 深みが出たように感じました
確かに 深みが出た
(風見)うむ 監督は何と?
何と?
お気に召したみたいですよ
あの様子 見たら分かりますでしょ
(武者小路)俺がアクションって…
(井上)ウエーイ 監督 頑張って~
時代劇に革命が起きたんだ
革命 アハハハッ
あとは ラストの殺陣を どう撮るかですって
俺と高坂君が斬り合うシーンか…
何か ひらめいたら 監督に言ってみてくださいね
(風見)分かった (高坂)考えておきます
それじゃ あしたから またよろしくお願いします
よろしくお願いします
ハア~ 良い子だのう
それはどうかな
拙者は 優子殿のことは—
ただの助監督としてしか 見ておらぬからな うん
あっ
貴殿は 優子殿のことを そのような目で見ておったのか
なんと下劣な 軽蔑するぞ
おぬし まさか…
そのようなことは一切ない
(高坂)邪推は やめていただこう (風見)邪推も何も…
拙者は ただ 優子殿は—
この 助監督から 監督になるという夢を—
その応援をしておるだけで—
決してその 思いがあるとか…
あー そうか そうか そうか
じゃあ 俺が 食事にでも誘ってみるかのう
冗談だ
(高坂)からかうなよ (風見)ハハハハッ
(スタッフ)ご歓談中 すみませーん
シナリオに一部 追加があります
今から改訂稿 お配りします
改訂稿です
頂戴いたします
お二方のシーンに 変更はありませんが—
早めに読んどいてくださいね
今夜にでも目を通しておくよ
今すぐに読みます
(優子)シーン82です (高坂)はい
明治維新後の描写が追加されました
(高坂)“慶応4年—
鳥羽とば・伏見ふしみの戦いから始まった 戊辰ぼしん戦争は—
薩摩藩 長州藩を中核とした 新政府軍と—
会津藩を含む旧幕府軍との 壮絶な内戦であった”
“勢いを増す新政府軍に対して—
会津藩は 会津若松城わかまつじょうに立てこもり戦った”
“しかし 新式銃や大砲などを用した 新政府軍の銃火に—
城内は 女 子どもを問わず命を落とし—
血の海と化す 凄惨せいさんなありさまとなった”
“降伏した会津藩に対し—
新政府軍は見せしめとして—
城内で戦死した者の 埋葬を禁止した”
“そのため 腐敗した死骸によって—
すさまじい悪臭が 漂うこととなった”
“戦後 処罰を逃れた 藩士や家族たちも—
作物も取れない 痩せた土地へと追いやられ—
寒さと飢えにより—
多くの者が命を落とした”
(嗚咽)
(風見) 拙者がもし長州の者ならば—
貴殿はどうするおつもりか?
そのときは藩命に従うのみ
幕府に あだなす者を…
(武者小路)カット! (カチンコの音)
(高坂)すいません
ちょっと 何やってんだ あんた!
何回 回った?
(カメラマン)8回です (武者小路のため息)
(武者小路) どうしたんだよ いったい…
(優子) 高坂さん 大丈夫ですか?
はい
セリフ もう一度 確認しますか?
はい
(嘔吐おうとする音)
(不良少年1)うわっ ちょっと
(不良少年1)ヤバッ
(不良少年1)汚いって (不良少年2)は?
(不良少年1)ちょ 止めて
(不良少年1) おいおい おいおい おっさん
汚いやろうが
(高坂)す… すまん
(不良少年2)はあ? お前 ふざけてんのか?
(高坂)そのようなことはござらん
(不良少年たちの笑い声)
(不良少年2)お前 何 言ってんの? (不良少年1)ヤバッ こいつ
(不良少年たちの笑い声)
(不良少年3)オラッ! (不良少年1)おーい
(不良少年1)おおっ ハハッ
(不良少年3)イエーイ!
(笑い声)
(高坂)後ろからとは卑怯ひきょうな
はっ?
(不良少年1)おっさん やる気か?
(高坂)ううっ
(不良少年たちの笑い声)
(不良少年2)なんやねん
(笑い声)
(不良少年2)オラッ! (高坂)うあっ
(不良少年2) お前 イキんなよ ハハッ
(不良少年3)ほーい! ハハハッ
(不良少年2)おい 行くで (不良少年3)おう
(不良少年たちの笑い声)
(高坂のため息)
(ため息)
わしは こんな所で なーにをやっておるのだ
うう…
何ができるというのだ
(斬られ役)てやー!
(風見)てい! (斬られ役)ぐおっ
(風見)とりゃ! (斬られ役)ぐわっ
監督 いいじゃないですか
(ドアが閉まる音)
真剣を使って撮影する?
はい
バカ言うな そんなことできるわけないだろ
高坂さん 何 言ってるの?
真剣を使うだなんて…
監督がいつもおっしゃっている リアリティーとは—
こういうことを 言うのではないでしょうか?
違うに決まってるでしょう
リアリティーっていうのは—
あくまで作品の中で作られる 現実感であって—
本物を撮ればいい っていうもんじゃないのよ
(武者小路)誰がそんなこと決めた (優子)監督!
稽古は十分やったんだろ?
はい ジュラルミン用の 立ち回りなんで—
本身を使っても 影響は最小限ですが…
そうか…
風見さんの意見は?
俺は…
おもしろいと思う
(優子) おもしろい おもしろくないで—
決めることじゃないですよ
(武者小路)じゃあ 決まりだな
こりゃ すごい画が撮れるぞ
(優子)監督! (武者小路)黙れ!
(武者小路)こっちだって 命懸けで映画 撮ってんだよ
つべこべ言うなら降りろ
ありがとうな 優子ちゃん 心配してくれて
でも 大丈夫
何があっても この作品が世に出るように—
俺たちも一筆 書くよ
(風見)準備のよいことだ
(武者小路)よーし
よしよし よしよし
もう こうなったらやるしかねえ
やるしかねえ!
一世一代の画を撮ってやる
認められんな
ただの竹を鍛え抜いたやいばに—
段取りのある立ち回りを—
本物の斬り合いに 見せてこその斬られ役や
役者としてではなくて—
侍としてやらねばならんのでがんす
何やて?
いえ…
これは?
剣心会を抜けるのか?
師の教えに背くのです
お許しください
好きにせえ
わしは見に行かんぞ
(関本のため息)
はあ~ 気持ちええなあ ハハッ
(刀を振る音)
(高坂)おりゃ!
(刀を振る音)
ふっ! えい!
やあっ!
ヒャー! あああ…
(住職)いや~ びっくりしたなあ
あまりに殺気だってたから
あいすまぬことをいたしました
あ… いや
(節子)はい (住職)ああ
(節子)ん? (高坂)ううう…
なんや? なんぞあったんか?
ああ…
いや あの その… ちょっと立ち回りでしくじりまして
ああ… あんまりムチャしたらあかんえ
なんぼ役もうても—
ケガしたら 元も子もあらへんねんから
はい
(節子)よいしょ
なんや あんまり食うてへんのに もうええんか?
これまで いろいろと親身になっていただき—
かたじけのうござった
ありがとうございます
(節子)アハハッ もう 改まってどないしたん?
はよ 続き食べ
今日の浅漬け ようできてんねん はい
いただきます
フフフフッ
うまいです
そやろ?
(住職と節子の笑い声)
(節子)はい 食べ食べ
(節子)あっ そうや あんた (住職)ん?
(節子)あの 吉田さんとこの十三回忌—
来週やで覚えてる?
(住職)あっ そうか
(節子)もう 頼りないなあ 連絡しといてや
(住職)分かった 分かった
(井上) えらいこっちゃ えらいこっちゃ
ちょっと 急いで!
(井上)はい
あっ 領収書
ここで お願いします
オッケーです
あっ ああっ…
優子ちゃん
(優子)所長
どういうことや? 真剣で殺陣 撮るやなんて
(優子)止めたんですけど—
風見さんも高坂さんも監督も 話 聞いてくれなくて
何かあったらどないすんねん
わし 責任 よう取らんで
(優子)これ
何や?
なんや 達筆すぎて読みづらいな
えー“かかる撮影において 本身を用いることは—
我ら納得せし所業なり”
えー
万一 事故が起きた際の責任は 自分たちにあって—
監督 スタッフ 制作者には 一切の賠償を求めないそうです
ハハハハッ
あ~ そらよかった ハハハッ
事故の場合は 自己責任ってな
(優子)もう そういう話じゃないです
まあ とにかく あの…
医者と看護師だけは 待機させといてな
(優子)もう手配しました
えー あとは…
(優子)保険も手続き済みです
何や ほな 何も心配すること あらへんがな アハハハッ
あっ…
風見先生
先生の役者魂—
この井上 しかと見届けさせていただきます
(風見) 良い作品になったらいいんです
それだけです 私の願いは
(井上)なります なりますって
この作品は ええ時代劇に
決して お二人の死は 無駄にはいたしません
あっ いや こっ これは あの… す… すんません
あ… あれ? 高坂君 どこ行った?
あれ? 高坂君?
ハア… 遅いなあ 高坂君
もう時間やで
まさか…
来ます 来ますよ 高坂さんは
来てほしくないけど…
(ため息)
(スタッフ)高坂さん 入られます!
(井上)あっ あ… 来た!
お待たせいたしました
よろしくお願いいたします
おはようございます
日の入りしたら すぐに撮影に入ります
真剣を使っているということだけ 忘れないでください
絶対に無理しないでくださいね
では リハーサル 参ります
リハーサルなど無用
手は十分 入ってるよ
えっ?
いいじゃないか
一発勝負の緊張感 しびれるようなシーンにしようぜ
監督
じゃあ 立ち位置 入って
殺陣ではなくて 試合で願いたい
やはり俺を許せんか
いや…
無念のうちに死んでいった 仲間たちに—
顔向けができんのだ
何や? セリフの確認か?
あの夜の続きというわけだな
ああ
あい分かった
かたじけない
楽しかったぞ おぬしと映画が作れて
拙者もだ
(武者小路)じゃあ いこうか
(カメラマン)はい 回った
本番 参ります
よーい! アクション!
(カチンコの音)
どうしても 斬り合わねばならんのか?
それが—
我らの定め
信ずるもののために命を捨つるは—
もののふの本懐なり
では… 参る
(高坂)ふっ!
(風見)ぐぐぐ… (高坂)ぐっ
ちょっと待って これ 全然 手が違う
全部 アドリブ
えっ?
マジな斬り合いか…
止めましょう
(武者小路)待て!
いいか 絶対 止めるな
(カメラマン)はい
(高坂)ふっ!
(高坂)えい! (風見)ぐっ
(風見)とりゃ! (高坂)ふっ!
(風見)ぐぐぐぐ…
むうー!
(高坂)てやー! (風見)おわっ
本物や… 本物の侍がおる
(風見)ぐっ てや!
んんっ
(高坂)ぐぐぐ… (風見)ぐぐっ
(風見)ぬわっ!
ふっ!
(高坂)んんっ
(高坂)ぐぐっ (風見)んんっ
(高坂)ぐっ!
(高坂)んんっ (風見)ぐぐっ
(荒い息)
(風見)うぐぐっ (高坂)ぐっ…
ふっ! てや!
てい!
(風見)フーッ
フーッ
でやーっ!
(刀が落ちた音)
これも定めか…
さあ…
為なすべきことを為せ
討て
討てー!
(高坂)てやっ!
(斬撃音)
(風見が倒れた音)
(高坂)この血は無駄にはせん
成仏してくれ
(拍手) (節子)うーん
(住職と節子の笑い声)
(住職)ええ映画やったなあ
(節子)うん フフフッ
(住職)時代劇の新スター誕生か ハハハハッ
いつまでも 寺におってくれたら ええんやけどなあ
どやろなあ…
(風見)討てー!
(高坂)てやっ!
(高坂)ううう…
ぐっ ハア ハア…
ううう…
俺は—
情けない男だ
俺たちは互いに この国を思って—
己の信ずる道を精いっぱい生きた
それでよいではないか
(荒い息)
カット! オッケー!
(カチンコの音)
(荒い息)
(拍手)
(拍手)
そうだな
(スタッフ)ブラボー!
(高坂)今という時代を—
精いっぱい生きねばな
あのころの 俺たちの思いも時代劇も—
やがて忘れ去らる日が来るだろう
(荒い息)
だが… 今日がその日ではない
(拍手)
まことに…
今回だけは許します
二度と… ダメですよ
はい
ハアッ
拙者 優…
では 次 シーン82 カット2 斬られて血を吹き出す高岡です
血のり出ますんで 皆さん 準備お願いします!
(スタッフたち)はい
良い子だのう
(優子)次のカットって—
カメラポジションの移動 ありましたよね?
ほれ
(優子)はい じゃあ よろしくお願いします
今日がその日ではない
(優子)特効さん! (特効マン)はい
(笑い声)
(ため息)
よーい スタート!
(高坂)おりゃー!
(斬られ役1)てやっ!
(斬られ役2)てめえ!
(斬られ役3)ええい!
(安藤)ぬおっ! (斬られ役2)おわっ
(安藤)ぐわっ ああ…
カーット! オッケー!
(斬られ役たち)ああ… (関本)よーし オッケー
(関本)よかったで
主役 グーですわ
そうか 次のシーンも頼むで
(関本)へい
(関本)おおきに おおきに (斬られ役3)ありがとうございます
(関本)おおきに
よかったで
ほんとすか?
あんなあ 今度 お前の斬り込みからや
ちょっと右に グーッと はすに構えてな—
ダーッと守って タアッ
ハハハッ 頑張れよ
(スパーク音)
(村田)え…
♪~
~♪
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