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(バスの走行音)
♪〜
(泉美(いずみ))淳(じゅん)ちゃん 私…
生きていいの?
(水たまりの中を歩く音)
(泉美の声)どこにいるの〜
(こだまする声)
(泉美)淳ちゃん
どこへ行ったの?
淳ちゃん
〜♪
(医師) その夢は いつも同じですか?
はい
(医師) 今も毎晩のように見ますか?
いいえ でも 時々
(医師)園田(そのだ)さん (泉美)はい
(医師) 先週初めて こちらにいらした時
事故の記憶がないと おっしゃっていましたけど
(泉美)はい
(医師)事故から2カ月ですが まだ思い出しませんか?
(バイクの走行音)
(急ブレーキの音)
(泉美)先生
(医師)どうぞ 気持ちを楽に
なんでしょう?
私…
思い出したいんです あの事故のこと
あの日 私と彼が どんなだったか 知りたいんです
園田さん 無理に思い出すことは ありません
今はその記憶を 眠らせておきましょう
無理はいけません いつか自然に思い出しますよ
(医師)園田さん
左足は まだ痛いですか?
(泉美)あっ いえ
外科の医者は なんて言ってました?
確か 怪我(けが)のほうは もう治っていると
(泉美)はい でも気が付くと なんか引きずっているようで
全然 痛くないんですが
(野球少年たちの掛け声)
(淳一(じゅんいち))ねえ 泉美
(泉美)何?
おっ さすが美術大 けど… これ何?
(淳一)出雲(いずも) 帯 そして 泉美のイメージ
えっ?
もっと わけ分かんない
淳ちゃん ぼ〜っとしながら 何か考えてる
ははっ
今年の夏は 出雲に行きたいなあ
出雲って 淳ちゃんが育ったとこ?
うん 一緒に行かない?
うん 行ってみたい どんなところ?
(淳一)危ない!
あれっ
痛い
ああ ごめん ごめん
そんなに 痛くない
(淳一)ああ
出雲 行こうな
出雲…
行こうな
(父)おかえり
ただいま
(ツカサ)おい どうだった?
何が?
病院だよ 少しは役に立つのか?
うん
精神科なんて 余計 気分悪くなんねえか?
変なやつ いるし
そんなことはないよ
いつまでもメソメソしてるなよ
家ん中 暗くなるからよ
おい
言い過ぎだぞ
お兄ちゃん 私 大丈夫
そっか
お父さん 私…
泉美… 晩飯 遅めでいいや
くそ この なまらポンコツがや
(泉美)うん 分かった
(父)ツカサ
母さんの七回忌(ななかいき) やっぱ やめとこうか
だよな あいつヤバいし
泉美が元気になったら
そしたら 3人で墓参り行けばいいさ
叔母(おば)さんも誘わないと
おふくろの妹なんだし
ああ もちろん
早紀(さき)さんがいてくれて いろいろ助かったわ
早紀さん ごめんなさい 遅くなって
(早紀) ああ もう 休んでよかったのに
今日は病院でしょ?
はい もう行ってきました
そう 大丈夫? 仕事は ぼちぼちで いいからさ
(アルバイト) 早紀さん 配達いってきます
あっ 今日は そのまま あがっていいわよ
(アルバイト)サンキューっす (早紀)フフ
(泉美)いってらっしゃい (アルバイト)いってきます
(早紀) ああ じゃあ ごめん 泉美ちゃん これ裏庭に植えといて
はい
(鳥のさえずり)
ハッ
(泉美)ねえ まだ終わんないよ
(淳一)分かってる ねえ 明日 桜見に行かない?
(泉美)う〜ん… 仕事あるし
(淳一) 頼んじゃえよ 叔母(おば)さんだろ
うん でも 土曜じゃだめ?
土曜じゃ もう散ったあと
そっか… うん 頼んでみる
けど 私って いつも淳ちゃんの言いなり?
そうかな? ふふ
たまには 言うこと 聞かなきゃ よかったよね
(スプレーで水をやる音)
(泉美)早紀さん
うん?
この花 まだ2日(ふつか)しかたってないのに…
うん?
前は1週間ピンとしてたんですよ
それでいいのよ
泉美ちゃんの悲しみをさ 吸い取ってくれてんのよ
今日は注文がいっぱい
ちょっと多いけど ブーケ頼んでいい?
オッケーです
私 これから 展示会の打ち合わせなのよ
大丈夫 店番(みせばん)してます
バイト君 来たら 配達 行かせて
はい
(早紀)こんにちわ
(女性たち)どうも
淳ちゃん 初めて会ったのは冬だったよね
あの時から ずうっと好きだったよ
おい どっから入った?
あっ それ 踏んじゃダメだって
(泉美)うわっ すいません
ああっ!
やっ ああ 信じらんない!
えっ? 大丈夫?
はあ… 大丈夫なわけないだろ
君 何なんだよ?
(泉美) あっ ノースアートの 山北(やまきた)さんに 花を届けに…
(泉美)あれ? 花がない
これのことか?
(泉美) わっ よかった ありがとう
いいけど… つきあえよ
えっ?
ここの… 片づけ
私 嫌われたのかと思った
わ〜っ
うん 大丈夫
アハハハ…
なんだよ?
痛っ
私… どうして1人だけ…
(急ブレーキの音)
(父)先生 呼んできます
(泉美)淳ちゃんは?
淳ちゃん 淳ちゃん
淳ちゃん
淳ちゃん
淳ちゃん
淳ちゃん 淳ちゃん 淳ちゃん
(父)泉美 (泉美)淳ちゃん!
(父)泉美 (泉美)いやっ あ〜っ
(泣き叫ぶ声)
あっ 目が覚めた?
(泉美)うん (早紀)うん
はい
貧血だって 早紀さん 車で運んでくれたんだぞ
覚えてる
一応 明日 精密検査するそうだから
今夜は 大事を取って泊まりなさい
うん
どう?
(父)まあ 大丈夫だ
しけた面(つら)してんな お前(めえ)
うるさい
お兄ちゃん
(ツカサ)うん?
淳ちゃんのね…
(ツカサ)バイク 悪かったな
俺が 売んなきゃよかったのに
お兄ちゃんのせいじゃないって
(ツカサ)うん… でもな
けど… あいつ いいやつだったな
淳ちゃんのね…
えっ?
お葬式 出たんでしょ?
うん まあ お葬式っていっても 向こうのお母さんと
うちのほうは 親父と早紀さんだけだよ
密葬っての? まあ 故郷で本葬するからって
私 知らなかった
まあ 事故から2日目で お前 まだ入院してたし
ショックもデカかったし
どんなだった?
淳一のお母さん かわいそうだったよ
(ツカサ)お母さん お前に挨拶を
会っておわびがしたいって 言ってたんだけど
遠慮したよ
一人息子を亡くしたんだ
早く出雲に返してあげようって
親父(おやじ)が そう言うし
(ツカサ)ほいっ
ありがとう
でも 淳ちゃんのお母さん 私のこと 恨んでるんだろうな
私 1人 生き残って
事故のこと 私 思い出せないんだ
(ツカサ)そっか
淳ちゃん どうなったんだろう?
私 大した怪我でもないのに
どうして 何もできなかったんだろう?
(ツカサ)しかたないべ お前 気 失ったってたんだよ
そうかな?
(リスの鳴き声)
(医師)貧血でしたか?
(泉美)はい
(医師)検査の結果では どこも悪くなかったようですね
その後は どうですか?
(泉美)特には
(医師)頭痛とか耳鳴りは?
(泉美)たまに
(医師)睡眠は?
(泉美)あまり
(医師) あとで お薬 出しときますから
先生
思い出したいんです
(医師)園田さん
無理はいけません 自分を責めるのも良くありません
気持ちを休めましょう
足はどうですか? まだ引きずりますか?
(泉美)気をつけては いますけど
そうですか
(受付)お大事に
(入院患者) なあ あんた あんただよ
ジャコ知ってる?
ジャコだよ
ジャコ・パストリアス
あいつは天才だった
でも 生き急いで
酒に溺れて 薬漬けになった
生き続けることに 何の意味があると
ああ?
(真希子(まきこ)) あいつと話がしたいの?
どうも ありがとうございました
上の入院患者よ
誰彼(だれかれ) 構わず話しかけるの
助かりました
(セミの鳴き声)
(真希子)見せて
えっ?
(真希子)それ
(真希子) あんまり飲まないほうが いいかも
どうしてですか?
(泉美)これ 違いますか?
そう 私の ありがとう
ごめんね 送ってあげたいけど 急いでるの
(泉美)はっ いいんです
じゃあ
涼子(りょうこ)
淳ちゃん?
何やってんの?
(ツカサ)こいつ 美大に通わせるの もったいないわ
使えるわ 整備の免許 取らせよう
(泉美) やめて 卒業制作 大変なの
おお怖い 冗談だよ
(淳一)いいですよ 俺 ここ 就職しても
おっ それって 婿ってやつ
(ツカサ)ハア〜 (淳一)へへへ
(泉美)2人とも バカ
おい あとプラーク3本あるから
おいっ
(泉美)どこにいるの〜
(こだまする声)
ハッ
(真希子) あんまり飲まないほうが いいかも
桐野(きりの)… 真希子?
(急ブレーキの音)
(泉美)あの
(受付)いらっしゃいませ
こちらに桐野真希子さんは いらっしゃいますか?
(受付) はい 桐野はおりますが ご予約はお取りでしょうか?
いいえ
(受付)どういった ご用件で?
直接お会いして お話ししたいのですが
(受付)あの お名前を?
園田です
(受付) 少し お待ちください そちらに どうぞおかけください
はい
(ドアが開く音)
(受付)あっ
ちょっと いいかしら?
(真希子)どういうつもり?
お会いしたくて
(真希子)どうして ここだって?
ごめんなさい 封筒で多分 弁護士の方だろうって
そうか…
(泉美) 調べてほしいことが あるんです
あなた 私を笑いものにしたいの?
私がどうして あんな遠くの病院に 通っているのか 分かる?
(泉美)いいえ
人に知られたくないからよ
弁護士は信用商売なの
精神科に通ってるなんて知れたら
そんな弁護士に 誰が相談できると思う?
悪いけど 帰ってくれる
おい! 元気か?
(泉美)元気じゃない
(ツカサ)大丈夫かよ?
気にするな 私のこと
(ツカサ)バカ! こっちは腹減ってんだよ
(チャイム)
(受付)いらっしゃいませ
(泉美)予約した河野(こうの)です (受付)はい
河野様 桐野先生とお約束ですね
(泉美)はい
お待たせして すいません
(真希子) あなた… 何でここにいるのよ?
あの どうしても お話がしたくて
(真希子)お話?
実は調べてほしいことが あるんです
だから 今日はちゃんと 予約を取ってきました
あなた園田さん? 河野さん?
園田です すいません
名前を言うと断られるかと
ジャコなんとかの男と同じで 少しおかしい?
精神科には通っていますが ちゃんと考えてのことなんです
園田さん
(泉美)はい
私もあの病院に通っています 事情があってね
だから分かってもらえるかと
患者が患者に 何の相談しようっていうの?
どうしても 調べてほしいことがあるんです
2カ月前 交通事故にあって 恋人を失いました
でも 彼の家の意向で 告訴はしなくて
だから 何があったか分からなくて
ここはね 精神科でも探偵事務所でも
まして 悩みの相談室でもないの
(泉美) その事故のことで どうしても 知りたいことがあるんです
悪いけど お断りするわ
実際問題として 私は一般民事を扱っているの
刑事事件のことなら 警察に行けばいいし
賠償金が欲しいなら
交通事故専門の弁護士を 紹介してあげる
お役に立てなくて ごめんなさい
お引き取りください
(涼子) 姉ちゃん 必ず戻ってくっとよ
必ず戻ってくっとよ
姉ちゃん!
ハア〜
(泉美)すいません
あの…
(真希子)拾ってくれる それ
今 何時? 時計が見れないの
7時10分ですけど
3時間も待ってるなんて
あなた 男性なら ストーカー法 違反ね
すいません
この書類 車に置いたあとで 話くらいなら聞くわよ
覚えているのは そこまでなんです
突然目の前に大きなトラックが
怖かったね
声も出ませんでした
(真希子) そのあとの記憶がない?
はい
(真希子) 気を失ってたんでしょ?
でも
うん?
でもホントは どこかで どこか奥の方で気付いているんです
“私は知ってる”って
あの時 何があったのか 思い出せないだけで
ホントは 覚えているんじゃないかって
(真希子)どうして分かるの?
あの日の… あの日の小さな記憶の破片が
その感覚があるんです
地面を打つ水の音 焼けるような手のひらの痛み
そして そこに倒れている私は…
私は多分… いえ きっと
はっきりとは分からないけど
目を覚まして 冷たい体を 起こそうとするんです
腕にできるだけの力を込めて 手のひらが痛くても
そして顔を上げて 目を開く
でも 何も見えない
広がっているのは ただ暗闇で それ以上は何も分からない
(真希子)分かった
あなたが知らないのは… “知りたい”と言っているのは
その暗闇の向こう
つまり彼が どうやって 死んだかということでしょ?
あの病院では話してみた?
(泉美) “思い出したい”とだけ
医師の答えは やめておけでしょ?
私も同じ答え
いい それがどんなに残酷で どんなにひどい様子だったか
あなたの 記憶の底にあるかもしれない
でもね だからこそ 思い出せないというのは
あなた自身が 思い出したくないからなの
あなた自身の脳が それを消したいの
あなたを苦しめるものだから
壊してしまうほど 辛いものかもしれないから
その消えた記憶の中に 淳ちゃんがいるんです
私 最後の淳ちゃんを 失いたくないんです
私 今 難しい案件を抱えていてね
しばらく考えさせて
(真希子)うち どこ?
白菊橋(しらぎくばし)の近くです
よかったら車で送ってくわよ
大丈夫です 地下鉄で近いですから
そう
あなた 何か大丈夫じゃない
変なこと 考えてないでしょうね?
変なこと?
ほら 自殺とか
大丈夫です
今日は ありがとうございました
(涼子) 姉ちゃん いつ戻ってくっと?
(真希子)そいは…
涼子 母ちゃん 元気のなかけん 頼むね
お金 毎月 送るけんね
(涼子)いつ戻ってくっと?
(真希子)今は分からんばい なんで聞くとね?
(涼子)姉ちゃん
もう今後二度と 戻って来んごたるちゃおもうけん
(真希子) そぎゃんこつは なかよ
涼子 あんま気にせんでよかよ 傷んこと
じゃあ さいなら
(早紀) まあ きれいな写真ね よく撮れてるわ
(泉美) これ 写真じゃなくて 絵
絵? 写真じゃないの? 絵なの?
うっそ〜 細かいわね
(泉美)バラの画集なんです
全部バラなの?
すごいわね
(泉美) ルドゥーテという画家なんです 200年以上前の人で
マリー・アントワネットにも仕えた 宮廷画家だそうで
バラのラファエロとも いわれてます
(早紀)へえ
って教えてもらいました
そっか 淳ちゃん 美術大学だったもんね
この本は?
彼にもらったの
家に置いておくよりは いいかなと思って
いけない 私 余計なこと聞いたりして
いいんです なんだか最近やたらと 彼のこと 話したくなったりして
(真希子)ごめんください
は〜い
(真希子)ごめんね 突然で
(泉美)いえ
(真希子)おうちを訪ねたら 花屋さんのほうだって聞いて
(泉美)ダメかなって思ってました
(真希子) 実はね… あれからあなたの 事故について少し調べてみたの
小さな新聞記事しか見つからなくて
(泉美)じゃあ
(真希子)前にも言ったとおり 私は刑事事件専門ではないから
正式な代理人にはつけないわ
はい
(真希子) でも 調査には協力します
ありがとうございます
ただ 他の件も抱えているから できる範囲になるけど
それでもよければ
構いません
弁護士の仕事としてでは ないかもしれないけど
お願いします
(真希子)事務的に言えば 経費は調査は実費だけ
お礼は するつもりです
とりあえず 病院にアポ取りたいんだけど
あさっては仕事?
(泉美)休みます
う〜ん 2〜3時間 抜けられればいいんだけど
(泉美)はい
病院へは まず あなたから連絡してね
そのあと 私のほうから 代理人弁護士ということで
連絡を取ります
(ツカサ)おい ちょっといい女 来きたぞ
(泉美)うん 会った
(ツカサ)誰? (泉美)別に
弁護士って言ってたけど
事故の話なら 賠償金も入院費も片づいてるぞ
(泉美)関係ない
(ツカサ)どういうこと?
(泉美)気にするなって
(ツカサ)ふざけんなよ
私のこと気にするなって
なんだと!
(グラインダーの大きな音)
(真希子)大丈夫? 怖くない?
後ろの席でいいのよ
平気です
まっ ゆっくり走るから
あの橋の向こうに住んでました
恋人ね
事故の場所も そのずっと先です
あれから行ったことあるの?
橋が渡れません
淳ちゃんのアパートも大学も 事故の場所も
みんな あの橋の向こうだったのに
(真希子)怖いのね
渡らないと 行けませんよね 思い出すために
必要ならばね
今日はこちら側の病院
(サイレン)
運ばれてきた時のことは?
(泉美)覚えてまえせん
(医師) 園田さんは昏睡状態でした
左腕から肩にかけて打撲 それから後身部と左肘の下に切り傷
地面に打ちつけられた時にできたと 思われる 左手のひらに擦り傷と
左足首の強度の捻挫 これが いちばん大きな負傷ですね
足は もう大丈夫ですよね 普通に歩けますか?
あっ はい 歩けます
(医師) 血圧の低下と頭への衝撃により こん睡状態が続きましたが
搬送後5時間ほどで 意識は回復されています
先生 彼女は いつ気を失ったんでしょう?
(医師)事故の記憶が ないということであれば
当然 衝突直後 もしくは直前 ということになると考えられますが
救命隊の報告でも 2人共に 意識はなかったということですから
救命隊が到着するまで 気を失って いなかったとは考えられませんか?
(医師) さあ… それはどうでしょうか?
ただ 園田さんには 致命傷はありませんが
衝突のショックは 相当に大きかったはずです
一般にも激しい衝突事故で
気を失う人は かなりいるというのが実感です
次に 河野さんのほうですが
開示の許諾を得ましたので
よろしいですか
(真希子)はい 教えてください
(医師) 病院に搬送された時には 既に意識不明でした
ガラス破片による負傷
右肩から背中の広範囲に渡って 深い傷がありました
それから 脊柱が圧迫され 折れて 大量の出血が見られました
輸血を投じましたが
残念ながら…
(真希子)運ばれてきた時は
河野さんは 生きていたんですよね?
まだ よく眠れませんか?
(真希子) この時期はなんか… また薬も欲しいんです
(医師) お仕事 忙しいんですね?
なぜか 春から夏にかけて 離婚は多いんですよ
何かと煩わしいですか?
仕事ですから
(医師) 桐野さん どうです? しばらく休んでみては?
じっくり休養することも大事です
南の島で のんびりしてみるとか
何もかも 放り出してね…
(医師) あっ いえ あくまで休養ですよ
睡眠も大事な休養です
じゃ お薬 出しておきますから
(巡査) そうかあ あの トンネル事故ね 1人生き残ったって聞いてたけど
あなたでしたか
はい
どんなことでもいいんです 教えてください
あの事故ね 覚えてるわ
いわゆる 国道からの抜け道で 冬場は閉鎖される道路なんだわ
車両の通行が少なく 通報が遅かった
我々が着いた時は 救急車もまだで
トラックが トンネルの壁面に激突して
フロントガラスが 飛び散ってたんだわ
運転手は 既に即死状態で…
君 いいのかい? 聞くの辛くないか?
お願いします 続けてください
そう?
バイクがトラックに突っ込み
3メートル離れて 2人は並ぶように倒れてたよ
トラックのブレーキ痕が はっきりと残っていた
脇見運転で慌てて 急ブレーキ 急ハンドル スリップして
反対車線に出た そこへ バイクが…
どう衝突したんでしょう?
バイクの前輪が潰れていたから 状況からいって
トラックの左側面に まっすぐに衝突したんでしょうな
バイクは まっすぐですか?
そう まっ 普通は避けようとして 反射的にハンドル切るんだけどねえ
けど… それで君は 無事だったのかもしれないねえ
どうしてハンドルを 切らなかったんでしょう?
さあ… 曲がらなかったんじゃないのかな?
発見者は?
(巡査) 確か宅配便の運転手だったね
目撃者じゃなくて 事故後に 現場を通りかかって救急車を呼んだ
発生から どれくらい 経過してたんでしょう?
(巡査) え〜と 救急からの報告だと 大体10分前後ではいなかと
どうして分かるんですか?
(巡査) バイクの彼の腕時計がね 潰れて止まってた
救急に電話が入ったのが その10分後なんだよ
10分間か…
(巡査) 我々が現場に着いたのは 救急より少し前だった
どんなふうに 倒れていたんですか?
(巡査) 地面にあおむけに倒れてて 声をかけたが意識はなかった
救命隊が来た時は まだ心拍が あるって言ってたんだけどね
(巡査) 救命隊が来た時は まだ心拍が あるって言ってたんだけどね
(携帯電話の発信音)
(淳一の録音の声)泉美? 明日は無理しなくていいよ
桜なんて 来年も再来年も咲くんだから
(再生終了の音)
来年も再来年も… いないじゃない
(泉美) 早紀さん ごめんなさい 勝手にお休みもらって
いいのよ ボチボチ手伝ってくれれば
でも 今日は助かるんだわ 注文多くてさ
頑張ります
(アルバイト)おはようっす あっ 泉美さん 助かります
おはよ
大丈夫?
えっ?
泉美ちゃん あの事故のこと調べてるんでしょ?
うん
さっきね 弁護士さんが来たんだよ
スラッと きれいな人 ユリの花を買ってってくれたんだわ
(真希子) きれいね ありがとう 座って
少し時間がかかったけど いろいろ分かったことがあるの
淳一君の解剖の記録開示を求めたの
解剖?
この事故は業務上過失致死
だけど 加害者のドライバーは 亡くなっているから
詳しい事故原因は分からないし
死因を特定するためにも
彼の遺体は司法解剖に移されたの
ご家族の方は あなたに知らせなかったのね
(真希子)淳一君の背骨は 後ろから前に折れていたの
それで背骨が内蔵を圧迫した
傷も背中一面と 首の後ろ側に広がっていたって
警察はトラックの左側面に
バイクがまっすぐに 衝突したって言ってたよね
だから バイクの前輪部分が 潰れていた
変じゃない?
えっ?
(真希子) 彼の背骨は前に折れていた っていうことは背中から衝突した
ハンドルは切っていないから
でも その時の事 あなたは覚えてないのよね
はい
ぶつかる瞬間とか その時の音は?
泉美
(泉美)淳ちゃん ここにいるよ
泉美は…
(泉美)淳ちゃん 何? 聞こえない 聞こえないよ
(携帯電話の着信音) ハッ
(携帯電話の着信音)
この間 現場で 撮ってきた写真があるの
見るの まだ怖い?
いえ
覚えていなければ ただのつまらない風景写真ね
けど警察にもう一度行ってみて 分かったことがあったの
あなたと淳一君が 乗っていたバイクとトラックは
この位置で衝突した
あなたが倒れていたのは この場所
しっかり見てね
はい
(真希子) こっちが彼で 彼の背中は潰れて シャツは赤く染まっていた
ほほには えぐられたような 深い傷があって
左手の指は3本が切断されてた
指?
彼のヘルメットは バイクの後ろの方に飛ばされていて
あなたのは 2人の体の近くに落ちていた
それからね 不思議なことに あなたの服に付いた赤い血は
あなたのものではなく 淳一君のものだった
淳ちゃんの?
彼は大量の出血だったの
やめて…
もう やめてください
(真希子)あなたは知りたいと 思っているんじゃないのよ
知らなくちゃいけないと 思っているだけ
思い出すことなんて 本当は何もない
(泣き声)
(ツカサ) 母さん ちょっと遅くなったけど みんな元気だから
泉美も元気だから 今日はいないけど
母さん 全部分かってるよ
(医師) まだ同じ夢を見ますか?
たまに
先生
(医師)はい
私のような患者は 多いんでしょうか?
そうですね
若くても病気や事故で 大事な人を失うことがあります
残されたものは 皆 悲しい
そうした苦しみや悲しみに 耐えるのは 時間が必要です
(医師) しかし 現代社会は本人と関係なく 慌ただしく動いていて
仕事や学校に 戻らなければなりません
しばらく人に会いたくなかったり 家に閉じこもるのは
本来 当たり前のことなんですがね
こんにちは
(真希子)久しぶり 元気?
元気じゃないわよね
ここで会うんだもの
まあ なんとか元気です
(真希子)そう 気になってた
あれから連絡もないし
すいません
私 診察すぐに終わるから お茶 行かない?
待ってます
(泉美)真希子さんは
どうして 私の頼みを 聞いてくれたんですか?
あなた しつこいから
えっ?
じゃなくて
似てたの 少し… 妹に
妹?
今日はね 妹の誕生日だったの
クリッとした瞳で 本当にきれいな子だった
素直で いっつも大きな口を開けて笑った
眠れないとね 必ず思い出してしまうの
(泉美)妹さんは どちらに?
熊本の田舎に母と2人っきり
もう随分と会ってない
妹はね
私のことを恨んでるの
こんな話 聞きたくないよね
いえ
私 自分のこと ばっかりで
真希子さんの苦しいことや 悲しいこと
何にも知ろうとしないで
(真希子)いいのよ あなたは大変なんだから
何があったんですか?
(涼子) とめて! 姉ちゃん とめて
とめて! とめて!
姉ちゃん とめて
優しかった父が 仕事の失敗を機に 酒に溺れ
暴力を振いだしたの
妹は 必死に 私に助けを求めたけど
私は怖くて目を塞いだの
(涼子)やめて! やめて!
(涼子)あっ
熱か… 痛か…
熱か… 痛か…
(真希子)私のせい
私が妹の顔を傷つけてしまった
きっと治してあげるって言って
いろんな病院に行ったけど
でも ほほの傷痕は残ってしまった
それから 父は家を出て
私は勉強して 働いて
面倒をみようと思って 東京に出たの
でも本当は逃げたかったの
南へ帰るはずが
東京よりも もっと北へ北へって
逃げたの
(泉美)妹さんとは もうずっと?
(真希子)怖いの
どうして あの時 私が動かなかったんだろうって
妹の顔を見るたんびに 自分を責めるから
それでも思い出すの
動かなくなった皮膚を引きつらせて
優しい顔で笑う妹を
妹はきっと 私のことを恨んでる
私を許さない
その妹がね 工場の研修で近くに来てるの
(泉美)会えるんですね?
ううん ダメなの
明日は裁判もあるし 涼子も明日帰るって
結局 私は逃げるのよね
妹さんは どちらに?
小樽(おたる)
さみしいですね
(ドアが開く音)
(真希子) ごめんね 随分と待たせて
(泉美)いいえ 勝手に来た私が悪いんです
晩御飯おごる
やっと 一件落着
(泉美) ちょっと飲みたい気分なの つきあって
ええ 喜んで
でも… その前に
そっか 何か思い出したのね?
(泉美)いえ 違うんです
今日は 私のことじゃなくて
えっ?
(泉美)私 小樽に行ってきました
妹さんに 涼子さんに会ってきました
余計なこととして ごめんなさい
妹は…
なんて?
(涼子)姉ちゃんに会いたかです
私ば いつも守ってくれて
姉ちゃんが 私ば避けとることは 分かっとります
(泉美)真希子さんは
あなたが恨んでるんじゃないかって
恨んでなんか 重荷ば背負わせた 私が悪かとです
姉ちゃんは悪くなか
いっちょん悪くなかとです
姉ちゃんに会いたかです
姉ちゃんに会いたかです
姉ちゃんに会いたかです
“恨んでなんかいない”
“姉ちゃんは悪くない”
“ただ会いたい”
“姉ちゃんに会いたい”って 何度も何度も
(鼻をすする音)
涼子 ごめん
本当に ごめんね
ごめん
(早紀)泉美ちゃん (泉美)はい
(早紀)ちょっと困っちゃって
3時に 大事なお客さんが来るんだよね
配達 頼んでいい? バイト君 休みなんだわ
(泉美) ええ 行きますよ どこですか?
ブルーローズ 橋の向こうなんだけど…
嫌じゃない?
(泉美) もう平気 あのブティックですよね?
そう 悪いわね
(泉美)全然 大丈夫です
フウ
ねえ これ きれいでしょ?
ん〜 きれいだけど
卒業制作 何 描いていいか 分からないって言ってたから
この花 どうかなって
(泉美)これ淳ちゃんが描いたの?
違うよ
爆弾で片腕 無くした イラクの子供が描いたんだ
(泉美)へえ 花に憧れたんだね
(淳一) 俺は その子みたいに 素直に描けない
(泉美) 淳ちゃん ただのスランプよ
(淳一)絵描くの… やめるかな
淳ちゃん ホントわけ分かんない
そんな簡単にやめるの? 絵描くの好きじゃないの?
好きだよ だから困ってるんだ
簡単に言うなよ
(泉美)そんなつもりで言ってない
(泉美)せっかく花 持ってきた…
(淳一) ああ もういい 放っといてくれよ
(泉美)ひどい 放っとくわよ
(ドアの開閉音)
(ツカサ)よお
(泉美)ただいま
おかあさん
(淳一の母) 突然お便りしてすみません
あなたにお会いし おわびしなければと思いながら
悲しみのあまり うちに閉じこもってしまい
出かける勇気が持てません
どうぞしばらく許してください
先日 淳一のものを整理して 出てきたものがあります
確か警察の方から渡されたもので
淳一の腕に巻かれてあったそうです
あの時は気が動転して すっかり忘れておりました
淳一の血で染まったハンカチは 洗っても洗っても落ちません
やっと少し元に戻ったと思った時
ハンカチの隅の文字に気づきました
I(アイ)・S(エス)
それは園田泉美さん あなたのイニシャルですね
そのハンカチで 泉美さん あなたは
淳一の血を 止めようとしてくださった
傷ついた体で淳一を助けようと
ああ こんなにも淳一を 愛してくださったかと思い
私はハンカチを見ながら 涙が止まりませんでした
どうしても
あなたにお返ししなければと 同封いたしまいた
泉美さん 本当にありがとうございました
(泉美)すいません わざわざ
何 言ってるのよ 思い出せそうなんでしょ?
今日は現場まで あの日のルートを たどってみましょう
乗って
(泉美)はい
(泉美)あの日は桜も最後で 風が吹くと ふわっと舞い上がって
淳ちゃんの鼻の頭にも 花びらがついて
私 おかしくてケラケラ笑って
(真希子) 本当に好きだったのね 彼のこと
でも私 一度 彼を失いそうになったんですよ
その時 彼は卒業制作とか 就職のことで悩んでいて
私たち ちょっと けんかをして そしたら 急にいなくなったんです
アパートはそのままで 携帯電話はつながらなくて
私 もう二度と 彼に会えないかと思うと
毎日 つらくて悲しくて
でも 帰ってきたんでしょ?
3カ月も連絡しないで
淳ちゃん あの時どうしてたんだろ?
(淳一)これって…
やっぱり泉美が好きなのか
おい 泉美 何か言えよ
(泉美) ひどい ひどいよ淳ちゃん わけ分かんない
(すすり泣き)
(淳一)ごめんな
もう どこへも行かないよ
どこへも行かないよ
(泉美) だから もう失いたくない
淳ちゃんの思い出の全てを 私は失いたくないんです
(泉美) 真希子さん お花ありがとう
(急ブレーキの音)
(衝撃音)
淳ちゃん
私 思い出した
きっと 守ろうと…
私を守ろうと してくれてたんだよね
(泉美)淳ちゃん? 淳ちゃん どうした?
(泉美)淳ちゃん 淳ちゃん 淳ちゃん ダメ 起きて
ウッ… ウッ ウッ
ハア ハア ハア ハア…
アッ アッ…
(泣き叫ぶ声)
指 指 指 指 指…
アアアッ
(咳)
ウウッ ウウッ
ウウッ ウウッ アッ…
アッ ウッ
アッ アッ アアッ
ウッ ハア
(咳)
ウウッ ウウッ…
ウウッ ウウッ…
ハッ ハッ ハッ ハッ…
(泣き叫ぶ声)
(咳)
(淳一)泉美…
淳ちゃん…
何? 聞こえない 聞こえないよ
泉美は…
ハア ハア…
(ドアが開く音)
(真希子) あらっ あなた誰だっけ?
園田さん あなたの案件は もう終わったはずよ
(泉美)私 出雲に行きます
その前に改めて 真希子さんに お礼を言わなければと
そんな いいのよ 私も来月帰ることにした
妹にも手紙を書いたの
(泉美)よかった
(真希子)今 忙しいの 見送らないけど 元気でね
(泉美)はい ありがとうございました
じゃ!
泉美さん あなたに会えてよかった
(泉美)園田泉美です
(淳一の母) よく来てごしなさいました
淳一が好きだった柄です
どうぞ 受け取ってください
はい
淳一さん 夏には一緒に出雲に行こうって
あの子 きっとあなたを
縁結びの神様に 会わせたかったのね
ありがとう 連れてきたよって
そう… ですね
泉美さん
淳一を愛してくださって 本当にありがとう
淳ちゃん せっかく来たのに 私1人じゃ さみしいよ
(老婦人)あんたも 大切な人 亡くされたかね?
ありがとう
やあ どっこいしょっと
私もなあ あんたみたいな顔して 空 見上げてたんだわ
(泉美)いつのことですか?
(老婦人)もう60年も前だわ
戦争で主人 亡くしてな 結婚してすぐだったわ
(泉美)戦争?
潜水艦に乗って 海に消えてしまった
骨も出てこん
だから いつか 帰ってくるんじゃないか
本当はどこかで 生きてるんじゃないか
いつまでの諦めきれんでなあ
(泉美) ずっと 待っていたんですか?
会えたんだわ
えっ?
いっぺんだけ どげしても会いたいと
毎晩 坂 行って拝んだんだわ
そうしたら本当にいっぺんだけ うちを出た時と同じ格好で
私の方を見て優しい顔で笑って
すう〜っと いなくなった
その坂っていうのは?
伊賦夜坂(いふやざか)って坂
黄泉の国に続く坂ってね
大昔からいわれてるんだわ
(泉美)黄泉(よみ)の国?
あの世とこの世をつなぐ坂だわね
ここから東へ しばらく行くと 揖夜(いや)神社ってのがあって
その近くにある小さな坂だが
私も会いたい
(老婦人)大切な人は 病気で亡くなったの?
事故 交通事故です
(老婦人)突然だったね
もしもって 私 今でも つい そう思ってしまうんです
(老婦人)そうだね
もしも あの日 出かけていなかったら
もしも…
もしも淳ちゃんに 出会っていなかったらって
うちの人も もしも戦争が なかったらってね
淳ちゃん?
(淳一)泉美…
泉美…
泉美…
淳ちゃん
何? 聞こえない 聞こえないよ
泉美は…
生きてる?
(淳一)泉美は… 生きてる?
生きてるよ 淳ちゃん
私… 生きてる
淳ちゃん…
さよなら
♪〜
〜♪
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